ミステリー
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ミステリー 2020年02月16日 23時00分
宇宙人=未来人説について考える
数年前、名古屋大学の実験でニュートリノが光よりも速いということが実験データから判明し、ちょっとした騒動になった。勿論、一回の実験結果から物理学の常識が引っくり返されるわけではなく、今後も実験の積み重ねが必要だが、今までの常識であった“光より速いものは存在しない”という大前提が崩れたわけである。これにより、時間を遡ることが可能性として“あり得る”こととなり、いつか未来にタイムマシンが完成する可能性が高くなった。 筆者はこの20年近く、テレビ・ラジオや著作・講演会にて、「UFO=タイムマシン説」を唱えてきたが、当初はUFO=宇宙人説を唱える研究家から激しい反発を受けてきた。ここ数年、山口敏太郎の名前がマスコミで露出するようにようやく市民権を得るようになってきた「UFO=タイムマシン説」が、いよいよ現実的にもありうる仮説になってきたのだ。 そもそも赤の他人の宇宙人が、遠い星から物凄いテクノロジーでわざわざ地球の人類まで会いに来る動機が不明である。距離的に遠い他のヒューマノイドより、時間的に遠い人類の子孫が未来から会いに来るというのが道理に叶ってはないだろうか。 我々現代人が卑弥呼や神武天皇に会いたいように、30世紀や40世紀の人類が歴史を確認するためにタイムトラベルしているとしたら、彼らが人類に会わない理由もよくわかるだろう。歴史の観察者であるタイムトラベラーが、歴史を変えることがあってはいけないからである。 また、彼らが異星人であるとしたら、自由自在にマスクもつけず地球上の大気で活動できるわけがない。中には、地球人の生活に紛れ込んで生活している者もいるという事例も理解不能の情報である。大気マスクをつけない異星人はたちまち地球上のウイルスにより死んでしまうのが普通の論理であるし、いくらなんでも人類に紛れて生活するなど不可能ではないだろうか。 それがもし、未来の人類だとしたらどうだろうか。彼らは我々と同じ地球上に住む“未来の地球人”である。彼らが地球の大気を吸っても大丈夫だろうし、ちょっと時代考証を勉強すれば、21世紀に馴染むことも可能であろう。彼らは間違いなく、我々のそばに、時というカーテンの向こうに存在しているのだ。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年02月09日 23時00分
陰謀論か、そこにある危機か 人工ウイルス都市伝説
現在、中国を中心に世界中で問題視されている、新型コロナウイルスによる肺炎。 その発生の過程や爆発的な感染力から、一部では「秘密裏に開発されていた人工ウイルスが漏れ出たのではないか」などという噂も流れている。 もちろん噂にしか過ぎないが、このような噂は割と昔から存在していた。 あくまで都市伝説に過ぎないが、有名どころでは現在のインフルエンザは、1918年に世界中で死者4000〜5000万人を出したスペイン風邪を元に人工的に創られたものであるという話がある。アラスカの永久凍土に埋められたスペイン風邪の犠牲者の遺体からウイルスを取り出して、研究が進められ、90年代に完成したとされている。 他にも、現代の我々が治療に苦慮しているエイズやエボラが、人工ウイルスだという都市伝説がある。幾つかの説が唱えられているが、エイズは生物兵器として米国政府サイドが開発した可能性が高いというものだ。 興味深い説によると、「オリンポスの神々」と名乗る一部のエリートや欧米の富裕層、大企業が中心となって練られた、“アルフレッド大王計画”("King Alfred Plan")という黒人やゲイを大量に殺すプランがあり、メリーランド州フォートデトリック、ニューメキシコ州ロスアラモスに位置する米国化学細菌兵器研究所が人工的に創り出したと言われており、WHOが天然痘の予防接種に混ぜて人工的に創られた「エイズ・ウイルス」をばら撒いたとも言われている。 繰り返しになるが、これらはあくまで都市伝説や陰謀論に過ぎないし、ことさらに騒ぎ立てたり忌避すべきものでもない。ウイルスが恐ろしくて陰謀論に飛びつくくらいなら、ちゃんとした予防方法で衛生的な対策を行う方がずっと有効的だ。 しかし、知識さえあれば個人や中小企業でも、人工ウイルスの開発と流布が可能になっているというのもまた事実であり、各国はその結果起きる可能性のあるバイオテロに対して危惧していることも、付け加えておきたい。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年02月08日 23時00分
節分の「鬼」の正体は「疫病神」だった
2月のイベントと言えば節分。立春の前日に当たる節分は今年は2月3日で、「鬼は外、福は内」と言いながら豆まきをしたり、恵方巻きを食べたりした人も多いだろう。 そんな節分の行事は古代中国で生まれ、日本に入ってきて宮中行事として行われていたものが民間に浸透していったものだ。 古代中国、宮廷では新年の前日である大晦日に邪気や悪鬼を打ち払い、新たに年を迎える行事として「追儺」(ついな)の儀式が行われていた。日本でもかなり古くから宮中行事として行われていたようで、『続日本紀』には「天下諸国疫疾、百姓多死、始作二土牛一大儺」の記述がある。これは慶雲3年(706年)頃に日本全国に疫病が流行し、人々が大勢亡くなった国難が起きた事を記しており、この疫病の鬼を払うために追儺が行われたそうだ。 洋の東西を問わず、古くから人々は病気を目に見えない何かによってもたらされるものだと考えていた。病気の悪魔や悪神などが人々に悪さをさせているというもので、日本の場合は古代中国の病気を司る鬼神「疫鬼」の伝説が伝わった事も影響しているとされている。つまり、節分で追い払われる鬼はたいていが病気の神だったわけだ。 疫鬼や悪鬼を払う存在として追儺の儀式に登場するのが方相氏だ。方相氏は4つの目を持つ四角い仮面を被り、右手に杖、左手に大きな楯を持ち、熊の革をかぶるという恐ろしい格好で登場する。そして、侲子と呼ばれる子供の従者を引き連れて儀式を行い、最後には門の外に疫鬼や悪鬼を追い出すとされていた。 しかし、日本では9世紀頃からは日本独自の「鬼」に対する認識から、儀式の中で目に見えない鬼を恐ろしい格好で追い立てる方相氏自体を「鬼」と認識するように移り変わっていく。こうして、豆を撒いて鬼を追い立てる現在の「節分」の行事になったわけだ。 現在、世界中で新型コロナウィルス肺炎が猛威を振るっており、日本でも感染者が確認される事態となっている。病気の神を追い出そうとした追儺の儀式にあやかって、改めて病気への対策やうがい・手洗いなど、身の回りに気をつけてみるのはいかがだろうか。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年02月02日 23時00分
獣人UMAは我々とは別の進化をした人類なのか?
人類の進化は、アウストラロピテクスから現生人類(ホモサピエンス)の歴史が始まり、ジャワ原人や北京原人を経て、ネアンデルタール人、クロマニヨン人、現生人類と進化してきたという。我々の認識では、ネアンデルタール人に代表される旧人類と、ホモサピエンスと呼ばれる我々現生人類との間には交雑はなかったと解釈されてきた。だが、最近次々と新しいことが判明している。ネアンデルタール人とクロマニヨン人が共存しており、両者の間で交雑が行われていたらしいのだ。現にイスラエルのカルメル山周辺で、ネアンデルタール人とホモサピエンスが共同で暮らしていた遺跡がいくつも確認されている。 ネアンデルタール人にはいくつもハンディがあった。出産の時に頭部が大きく死んでしまうことが多々あり、知能ではホモサピエンスに劣る上、寿命は短く、30代40代で死亡したと推測されているのだ。結果的にネアンデルタール人の女性は、ホモサピエンスの男性を選び、時間を掛けてネアンデルタール人はホモサピエンスに吸収されていったと思われる。 因みに、現在の我々のDNAを分析すると、アフリカ人を除き、多くの地域の住民にネアンデルタール人のDNAが含まれていることがわかった。ホモサピエンスとネアンデルタール人は交雑していたのだ。 さらに最近、第3の人類として注目されているのがデニソワ人である。このデニソワ人はヨーロッパやアジアの寒冷地域に住んでいた、寒さに強い種族であり、頭蓋骨から判断すると、ネアンデルタール人やホモサピエンスよりはるかに身長が高い巨人であったというのだ。古くから語り継がれる各地の巨人伝説は、このデニソワ人と我々の先祖が遭遇した経験から生まれたのではないだろうか。 このデニソワ人だが、氷河期が終わり各地のホモサピエンスが台頭してくると、やはりホモサピエンスと交雑した。現在でもメラネシア系の人たちは、デニソワ人に由来する遺伝子を受け継いでいることがわかっている。 また、最近注目を集めている、インドネシアのフローレス島に住んでいたフローレス人も、数万年前までホモサピエンスと共存しており、ここで交雑が行われた可能性も高い。因みに、フローレス人は1メートル弱しか身長がなく、これまた世界中に残る小人伝説のもとになった可能性がある。 このように我々人類・ホモサピエンスは、旧人類である、フローレス人、デニソワ人、ネアンデルタール人らと交雑を繰り返し、彼らを生物的に吸収合併しながら進化したのは間違いない。この交雑はホモサピエンスに有益に働いたらしく、ネアンデルタール人由来の遺伝子はホモサピエンスの免疫力を高め、デニソワ人由来の遺伝子は酸素が少ない高地での活動を可能にした。つまり、我々人類はいくつもの人類が混血して生まれたハイブリット生物なのだ。 ここで一つ、疑問が出てくる。本当に全てのフローレス人、デニソワ人、ネアンデルタール人がホモサピエンスに吸収されたり、死に絶えたりしたのであろうか。彼らの一部が密かに生き残っていることはあり得ないのだろうか。ひょっとしたら、その生き残りこそが類人猿系UMAの正体ではないだろうか。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年02月01日 23時00分
信長の首塚が静岡県・西山本門寺にある?
戦国時代で一、二を争う大きな事件であり、数多くの謎を秘めた事件、本能寺の変。昔から創作の題材となり、近年ではこれをモチーフにしたお笑い動画が人気を博している。しかし、天下布武まであと一歩の所に迫っていた織田信長が、家臣である明智光秀に討たれたという根幹を除けば、未だに不明であったり不可解な点の多い事件なのである。この事件にまつわる多くのミステリー要素やドラマチックさが、現代まで多くの人を引きつけて来たのかも知れない。 織田信長は本能寺で自決したとされているが、実は死体が発見されていない。ところが、信長の首が静岡県富士宮市の西山本門寺に安置されているという説が存在しているのである。 信長の首は、初代本因坊算砂「日海」の指示で、第18世住職日順上人の父である原宗安(原志摩守)によって密かに静岡県に運ばれたという。この時、首は誰にも見つからないように、仏像の中に入れて運ばれたとも言われている。 昭和54年1月の読売新聞には、宗門研究家である山口稔氏の研究結果が記事として掲載されている。それによると、まず前述の日順上人の内過去帳に、旧暦6月2日の日付で『惣見院信長』の記述が存在しているという。また、地元では、古くから信長公の首塚が西山本門寺の本堂奥にある大柊のもとに安置されているということが口伝として存在していた。 そして、本能寺の変で信長公と一緒に討ち死にした原家に伝わる文献「原家記」によれば、日順上人の父である原志摩守が混乱の中から父と兄、そして信長の首を持ち出すことに成功、山道伝いに駿河まで逃げ延びて、本門寺の本堂裏手に三人の首を埋めたと記されているという。 本因坊算砂は、京都寂光寺本因坊の住僧であった。本能寺の変が起きる前夜、信長は算砂と鹿塩利賢に囲碁の対局をさせていた事が知られている。本因坊算砂はこの流れで本能寺に泊まる事になったため、事件に巻き込まれる事となってしまったのだろう。そして、せめて信長公の首だけでも供養してほしいと、旧知の仲であった原志摩守に託したのではないだろうか。そう、作家の安部龍太郎氏は著書「謎に迫る・富士山麓に埋められた信長の首」の中で推測している。 本因坊算砂と原志摩守にとって、この西山本門寺と関係が深いものであったことは、算砂が本門寺の境内に本因坊という坊舎を作って住んでいた事実や、原志摩守の子、日順が寺の第18代上人となっている事からも解るという。前述の日順上人が記した過去帳には、『天正十年六月、惣見院信長、為明智被誅』と記されている。日順上人は慶長七(1602)年の生まれであり、天正十(1582)年に起きた本能寺の変を知る事は出来ないが、父親や先代の本因坊算砂から事件の内容を聞いて、書き記していたのではないだろうか。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年01月26日 23時00分
天を駆け、太平の世に姿を現す瑞獣「麒麟」とは
今年のNHK大河ドラマは明智光秀を主人公に据えた「麒麟がくる」。 この「麒麟」は日本でもよく知られた伝説的な瑞獣だ。 麒麟は中国で古代より縁起の良い獣とされており、実は雌雄があって雄は麒、雌は麟と性別で呼び分けられている(文献によって諸説ある)。 姿は狼に似た顔で鹿の体に馬の足、牛の尾を持ち、全身が五色の毛と竜の鱗で覆われている。そして、額には肉の角に覆われた一本の角があるというものだった。やがて、時代が下ると麒麟は竜と牛の間に産まれたとされるようになり、竜の体に牛の尾と蹄をもつ姿で描かれるようになった。いかつい顔をしているが、非常に穏やかで慈悲深い性格をしており、虫の一匹も踏まないように歩き、枯れ草しか口にしないと言われている。 ドラマの中で言及があったが、麒麟は善政が行われ天下泰平の世に姿を現すとされている。だが、麒麟の伝承が生まれた中国の文献を見てみると、残念ながら死期が迫っている状態の麒麟が出てくることの方が多い。これは恐らく当時の中国の人々が良い政治が行われていない事を直接書き記す事ができなかったため、麒麟に託して体制批判を行ったものだと考えられている。つまり、本場の中国でも麒麟はそれだけ珍しい生き物であり、人々の夢を託された存在だったと言えるのかもしれない。 ドラマの中で語られた戦乱の世を終わらせられる、平和な世をもたらす「麒麟」はどのように描かれていくのだろうか。今後の展開が楽しみである。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年01月25日 23時00分
岐阜城の城主は皆短命?「斉藤道三の呪い」
今年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は、主人公に明智光秀を据えた大河ドラマに定番の戦国時代となる。第一回の舞台は現在の岐阜県可児市の明智荘であり、美濃守護代・斎藤氏の名跡を継ぐ斎藤道三も登場する。 道三と言えば、乱世の梟雄(きょうゆう)として知られた人物であり、岐阜の有名な戦国武将の一人でもあるのだが、地元岐阜には奇妙な伝説が存在しているらしい。 オカルト研究家である筆者が岐阜県で行った地元の妖怪ツアーに参加していた、町歩きの専門家の方から聞いた話によれば、岐阜城には「斎藤道三の呪い」があるのだとか。道三以降に岐阜城の城主になった人物は皆短命であるそうなので、以下に書き出してみよう。 道三の嫡男である義龍は道三を破り、信長を何度も撃退したが、35歳で急死。同じく嫡男の龍興がその後城主となったが、竹中重治らに城を奪われ、返還されるも信長によって再び落城。龍興自身は刀禰坂の戦いで26歳で戦死している。 信長は道三の娘を妻に迎えており、その後城主となった。後に京都本能寺で自害。享年49。この信長の嫡男である信忠は本能寺の変の際に、京都妙覚寺から二条新御所に移動し戦死。享年26。信長の三男である信孝は賤ヶ岳の戦いの後、尾張知多郡内海で自害。彼も享年26。 後に、織田家重臣の池田恒興の嫡男である元助が城主となったが、彼も小牧・長久手の戦いにおいて父子共に討死。享年26。恒興の次男である照政(後の輝政)が岐阜城主になったが、彼は後に三河吉田城主を経て姫路藩初代藩主となる。彼は後に姫路宰相百万石と評され、姫路城を修築しこの地で死去している。享年50。 照政の後に岐阜城主となったのは豊臣秀吉の姉(日秀尼)の子である秀勝だった。彼は総大将として朝鮮出兵で出陣したが、巨済島にて23歳で病死している。そして信長の息子・信忠の嫡男である秀信が城主となるも、高野山を追放された年に死亡。享年26であった。 こうやって書き出してみると、信長と照政以外は、皆20代から30代半ばで早く亡くなっていることになる。 道三は「美濃の蝮」と呼ばれ、主君を追い落として美濃を治めていた、下克上の典型として語り継がれる人物でもある。彼は後に美濃国を、娘婿であり素質を見出していた尾張の信長に譲る事を決めていたのだが、これも因果か自分の息子である義龍に謀反を起こされ、戦に敗れ死ぬ事となる。美濃を信長に譲る事は「国譲状」を生前に書き残していたため、予想外の敗死は彼にとっては非常に無念の残るものだったと思われる。 この時の無念の思いが岐阜城に宿り、岐阜城に入ってこの地を治めていた者に呪いとなって降りかかったのだろうか。だとすると、初めから国を譲られる事が約束されていた信長が50近くまで生きる事ができた事にも説明が付く(残念ながら、彼も天下布武への道半ばで光秀に討たれてしまったが)。 果たして、道三の呪いは存在するのだろうか?(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年01月19日 23時00分
死者を生き返らせた江戸の怪人 電気人間・弥五郎
現在、街中には突然の心停止を起こして倒れた人を救護できる医療機器のAEDが設置されている。我々の体に血液を送っている心臓に異常が起き、血液を流すポンプ機能を失った際に電気ショックを与えることで、心臓の活動を正常に戻すための医療機器だ。 電気ショックで心臓を再び動かす、という事は現代の我々ならば得ている知識だが、そのような医学知識もましてやAEDのような医療機器もなかった江戸時代に、実践してしまった人物が存在している。 その人物の名は弥五郎と言い、武州川越(現在埼玉県川越市)の城主・酒井讃岐守忠勝家中の人間であったという。彼は手や体から電気を出すことができたそうで、「鯉の弥五郎」「鯉抱き弥五郎」とも呼ばれていた。彼の電気を帯びた手にかかれば、水中の鯉は逃げることが出来ないとされ、弥五郎が水中で抱き取った鯉は釣ったり、網で捕獲した鯉とは違って美味しく、三代将軍家光に献上されたほどだったという。 せっかくほかの人にはない能力を持っているのに、将軍に認められたのが「鯉を美味しく捕まえる」ことだったのは笑えるが、死んだ自分の母親も体内に蓄積した電気を与え蘇生させたと伝えられており、きちんと人命も救っている。話によると、弥次郎は自分の母だけではなく、難病を抱えた人も抱きつくことにより病気を治すとされており、江戸で非常に人気のあった人物なのである。 今で言うところの電気治療と言うわけであろうか、この人物は何らかの理由で電気を蓄積したり、体内で発電することが可能だったのかもしれない。 実際、電気人間=帯電人間は実在しており、「スライダー体質」と呼ばれる。スライダー体質は、体から電気を発し電球やテレビなど自由に操作できる能力のことである。 この弥五郎の元ネタは、明治末期から大正にかけて活躍した小説家・江見水蔭(1869〜1934)の短編小説『鯉を抱く男』(『現代大衆文学全集・江見水蔭集』平凡社)であるようだ。もっとも、電気人間はまったくの創作ではなく、江戸時代の随筆『責而者草(せめてはぐさ)』に記載された記事がベースになっている。 江見水蔭の小説では、晩年の弥五郎は、相撲の丸山仁太夫の後見役になったり、酒井の指令を受けて“抱きつき魔の狂人”に扮して、江戸市中の情報収集をしたという。電気人間が狂人に扮し密偵として江戸を駆け巡るとは、まるで現代でも通ずる設定だ。弥五郎が酒井の密偵だったという可能性がまったくないわけでもないし、ストーリーを考えるだけでもワクワクしてしまう話である。
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ミステリー 2020年01月18日 23時00分
第一次世界大戦中に起きた「モンスの天使事件」の正体はUFOだった!?
前回、第一次世界大戦中に起きたある奇跡「モンスの天使事件」について紹介した。 1914年8月23日、第一次世界大戦中にイギリス軍とドイツ軍がベルギーのモンスにて交戦していた時、ドイツ軍に完全包囲されたイギリス軍の前に、金髪で長身、黄金の鎧を身につけた天使たちが出現し、ドイツ軍に向かって矢を放ち始めた。この天使軍の前にドイツ軍は進軍できず、イギリス軍は見事撤退に成功したという話だ。 この事件は、作家のアーサー・マッケンが1914年9月29日『イヴニング・ニューズ』に発表した『弓兵(The Bowman)』という短編小説の内容を元に作られたフィクションである可能性が高いとされている。しかし、21世紀になって、「モンスの天使は実はUFOだった!」とする説が出てきて再注目されることとなった。 この説を唱えたケビン・グッドマン氏は、「モンスの天使」事件の現場に居合わせた兵士ランス・コーポラルの証言がかなり具体的であり、またその内容からは、天使よりむしろ別の何かだったのではないかと考える方が妥当だとしている。 そのランス・コーポラルの証言は以下の通り。 「空中に月のような奇妙な光が出現したのをはっきりと見ることができました。周辺には雲もありませんでした。光は明るくなり、はっきりと3つの形を見ることができました。中央の1つは広げられた翼のように見えましたが、他の2つはそれほど大きくなく、まったく別のものでした」 この時出現したUFOが、人類の敵対行為を止めるために介入したのか、それとも別の意図があったのかは解らない、とグッドマン氏は語る。 また、天使ではなくUFOだったと主張しているのは、あくまでグッドマン氏であり、実際に兵士らが何を見ていたのかも正確には解らない事も付け加えておきたい。極限状況に陥った人間は奇妙なものを「見る」というが、「何を」見たのかはその人にしか解らないだろうからだ。(山口敏太郎)
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ミステリー 2020年01月12日 23時00分
全滅寸前だったイギリス軍を天使が救った?!第一次世界大戦中に起きた「モンスの天使事件」
「モンスの天使事件」とは、第一次世界大戦中に起きた超常現象の有名な事例だ。 時は1914年8月23日、折りしも第一次世界大戦中のこと、ベルギー軍やフランス軍を助けるためにイギリス軍はドイツ軍とモンスにて交戦していた。だが、ドイツ(プロシア)軍の大型大砲と機関銃砲を主軸にした圧倒的な火力と合理的な戦法により、イギリス軍はドイツ軍に完全包囲され、わずかに生き残った2連隊で全滅を待つ状態であった。すると、どこからからともなく、金髪で長身、黄金の鎧を身につけた天使たちが出現し、ドイツ軍に向かって矢を放ち始めた。(別の目撃談では、白い衣をまとい、無帽の天使たちが宙に浮きながら両手を大きく広げ、ドイツ軍の進軍を制したとも、または、百年戦争当時のイギリス軍の弓兵たち「ロングボウ隊」の亡霊が英国軍に加勢したとも言われている) この謎の軍隊のリーダーは、フランスのガーディアンエンジェル「ジャンヌ・ダルク」だったとも、イギリスのガーディアンエンジェル「聖ジョージ」だったとも、大天使「ミカエル」だったとも言われている。結局、この天使軍の前にドイツ軍は進軍できず、矢で射られたドイツ兵も倒れたものの傷も全くなかったという。つまり、天使はドイツ兵も殺傷していないのだ。 この不思議な出来事は約20分から40分続き、イギリス軍は見事撤退に成功したとされている。現場に居合わせた両軍の兵士たちの大部分が目撃し、国の上層部に報告された。この噂は当時、ヨーロッパ中に広がり、「モンスのエンゼルス」が連合国の側にいたということは、「神は連合国側が正義だとジャッジしている」ことの証明であるとしてイギリス政府は大喜びし、熱狂した国民の多くが軍隊の新人募集に応募、国全体が沸き上がった。このあたり、都市伝説を政治家がうまく利用した感がある。 だが、この事件はフェイクであるとされている。 アーサー・マッケンが1914年9月29日『イヴニング・ニューズ』に発表した『弓兵(The Bowman)』という短編小説の内容が、多くの人々により、まるで事実かのように流布されたというのが真相らしい。小説を事実として流布した犯人も、新聞社とか、神智学協会とか言われている。 では、軍人や戦争現場には関係がなく、ただ単に小説が事実として流されただけなのかというと、そうでもなくて、1931年に発表されたジョン・チャータリス准将の回顧録によると、当時の戦闘現場に天使出現の噂があったのは事実であるという。 また、現場にいたチャータリス准将は、妻に宛てた1914年9月5日付の手紙に、天使に関する話を書いている。やはり、現場でも天使の目撃談が(フォークロアとして)話されていたのは事実のようだ。つまり、元々軍人の間にも天使の噂はあったのだが、小説の影響によって “より面白く盛られた話”がまるで事実であるかのように、流布されたのではないだろうか。(山口敏太郎)
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