ミステリー
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ミステリー 2015年09月26日 16時13分
恐怖! 螺旋(らせん)階段に現れた女性の霊の正体は?
まずはこの写真を見てほしい。かなり古い白黒の写真であるが、優美な曲線を描く螺旋階段の手すりに、苦しげに身をよじりながらすがりつく人の姿が写っているのがわかる。 よく見ると手は細く、全身ゆったりした服に身を包んでおり、長い髪であることから恐らく女性であると思われる。 手すりに掴まって滑るように動いている人の一瞬を捉えたようにも見えるこの写真は、1966年にイギリスにて撮影されたものである。 撮影したのはカナダ人牧師のハーディ氏。彼はイギリスで有名なグリニッジに存在するクイーンズ・ハウスを訪れた際にこの写真を撮影してしまったのである。 クイーンズ・ハウスはグリニッジ・パークの中に国立海事博物館と並んで建つ、グリニッジでも有数の観光名所である。この地には中世よりグリニッジ宮殿が存在しており、この建物は1638年にジェームズ1世の妻であるクイーン・アン・オブ・デンマークの為に建てられた現存する唯一の当時の建築物となっている。 イギリスでは初のイタリア・ルネッサンス様式を用いた建築物でもあり、ヘンリー8世やその娘アン王女、エリザベス1世もこの宮殿で生まれている歴史的にも重要な場所だ。 ハーディ牧師もこの地を訪れ、建物の建築様式を写真に収めていた。そしてクイーンズ・ハウスで特に有名な螺旋階段「チューリップ階段」を撮影した写真にこの人影が写り込んでいたのである。 彼がこの人影に気づいたのは、カナダに帰国して写真を現像してからだった。なお、彼は撮影時、周囲に人はいなかったと証言している。 この写真は撮影当時から話題を集め、専門家たちによる写真やネガの検証が何度も行われた。しかし、ネガに改竄の痕跡はなく、露光などの撮影・印刷ミスによって起きるものではないとする結果が出ている。 歴史のある建物には必ず幽霊が出るとされるぐらい、心霊スポットに事欠かないイギリスであるが、このクイーンズ・ハウスもその一つである。 昔からクイーンズ・ハウスではどこからともなく子供たちの歌声が聞こえるなどの証言が確認されているのだが、やはり一番目撃証言が多いのは写真が撮影されたチューリップ階段だ。ここでは過去に女性が一番上から転落死したという話があり、階段を移動する謎の足音を聞いた人が後を絶たない。 また、2002年にもここで勤務している人物が「バルコニーを滑るように移動し、壁の中に吸い込まれるように消えた謎の人影」を目撃している。この人影は白っぽい服を着て、クリノリンを着けているように大きく膨らんだスカートを着けた古風な姿をしていたという。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2015年09月23日 16時44分
亡霊軍人の帰還(3)
最近はやや少なくなってきたようだが、かつては外地で戦死した将兵が亡霊となって帰郷を果たす怪奇譚が、終戦記念日やお盆の定番として毎年のように語られ、テレビなどでもドラマ仕立てで取り上げられることがあった。お盆の時期に語られる怪奇譚が定番化したのは文化文政期から幕末以降とされるが、当時は武士階級を怪談のネタにすることそのものがはばかられたためか、あるいはたんに不人気だったためか、亡霊武者が故郷に帰るといった趣向の話はあまり伝わっていない。 亡霊軍人が帰郷する怪談話が増えるのは、第一次世界大戦後のシベリア出兵で大きな損害を出してから、昭和初期に怪奇幻想小説が流行し始めたことがきっかけとされている。だが、怪奇小説の流行は新聞などから批判された上、警察の取り締まりもあったことから急速にしぼみ、復活したのは太平洋戦争の敗戦後であった。このような事情から、戦前や戦中における軍人の怪奇譚は同時代にあまり語られず、その多くは戦後に「過去を振り返る」形で語られている。しかし、戦中から語られていた亡霊軍人の帰還譚がなかったわけではなく、中でも旭川歩兵第二十八連隊の怪奇譚は現在も地元の語り草となっている。 旭川の歩兵第二十八連隊から派出された一木支隊が、最悪の戦場とも呼ばれるガダルカナルの戦いで壊滅した1942年の夏。駐屯地付近の官舎では窓が燃えるように赤く染まるなどの怪異が目撃され、やがて「深夜、兵隊が行進して駐屯地に入っていったが、歩哨の誰何にも答えず、追いかけたら誰もいなかった」との噂が将校の留守家族にまで伝わり、人々を不安がらせたという。 やがて戦死公報が続々と届き、深夜の兵隊は戦死した将兵の幽霊だったことがわかるとともに、残された家族は深い悲しみに包まれたという。(了)
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ミステリー 2015年09月22日 16時15分
ドロップ型飛行物体 バンクーバーに現る?
こちらの写真は1937年、カナダのバンクーバーで撮影されたものだ。石造りの建物の上空に、光るドロップ型の謎の物体が写っているのがわかる。うっすらと外側に光るバリアやフィールドのような層をまとっているこの物体は、どうやらかなりの高速で移動しているらしく細く光の筋が後方に延びているのが分かる。果たして、この物体は何なのだろうか。 この写真を撮影したのは当時21歳のレナード・ラムルー氏。彼は所属していた軍の休暇中、弟のウィルフレッドとともにバンクーバー市役所のクリスマス・ディスプレイを撮影するためにカメラを手に訪れていた。 そんな彼らの前に上空から突如として現れたのが、この謎の発光物体だったのである。 非常に明るい青い光をまとって現れたドロップ状の物体は、猛スピードで水平に空を横切っていったという。その早さにも関わらず、飛行物体にありがちな轟音などは全くせず、音を立てることもなかったとのことだ。ラムルー氏はこの謎の飛行物体が市役所の屋上に立っていた旗棹を越えた辺りで手にしていたカメラで撮影に成功。しかし、今まで見たこともない物体との遭遇に、恐ろしくなった二人は現場から逃げ出してしまったのだという。 ちなみに彼は、物体の複数箇所にライトのようなものがついており、そこから放出された光が物体の周囲を取り巻いているように見えたという。 このUFO写真は兄弟の死後、娘のデボラに受け継がれた。彼女は幼い頃から父親たちの体験談をよく聞いており、その真剣な口振りからとても嘘を言っているようには見えなかったと答えている。 この写真については多くのUFO研究家が検証しており、残念ながら写真の印刷ミスやネガにできた気泡が謎の物体に見えてしまったものではないか、とする見解も出てきている。実際、古い写真の場合当時の印刷技術では現像技術にむらがあり、撮影当時は存在しなかった汚れやシミが出てきてしまって、結果UFOのように見える写真が出来上がってしまうこともままある。UFOは非常に高速で飛ぶ、という認識があるため、「気づいていなかったけれど実際にはUFOが飛んでおり、たまたま捉えてしまったのかもしれない!」と写真の持ち主が誤認してしまうケースも存在しているのだそうだ。 しかし、彼女によれば「幼い頃から写真やネガを見せてもらっていたが、ネガに気泡もないし印刷ムラがなかった事を確認している」という。また、「父は本当なら光る物体がどうやって光っているのか確かめるため、様々な角度から撮影しようと思っていたようでした。でも機能がなかったために連写や露光がうまくできなかったそうです。父は光に包まれた物体に尾翼などが付いていたのを確認していたそうです」とも述べている。 果たして、彼が撮影したものはUFOだったのだろうか?この事件から約10年後の1947年6月に一躍「空飛ぶ円盤」の存在が世界中に知れ渡ることになるケネス・アーノルド事件が起きるのである。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2015年09月19日 17時08分
恐竜は今も生きている? アルゼンチンのプレシオサウルス捕獲大作戦!
1922年、アルゼンチンのブエノスアイレス動物園の園長クレメンス・オネッリ氏からもたらされた衝撃的なニュースがタイム誌をはじめとする様々な新聞の紙面を飾った。 アルゼンチンはパタゴニア地方の町エスケル近郊の湖で巨大生物が目撃され、捕獲を検討中であるというのだ。 目撃したのは猟師で探検家でもあるマーチン・シェフィールド氏。はじめに彼が発見したのは、湖の周辺に残る、巨大な動物が移動して出来たものらしい、植物などがなぎ倒された跡だった。相当な重量がある事を感じさせる足跡も残っており、これらはエスケル近くにある湖の中へと続いていた。そして湖の周囲で観察していた彼の前に、白鳥のような長い首を持つ巨大生物が姿を現したのである。生物の体長は約4メートルほど、水の中を泳ぐ動作はワニのようだったという。 これは正しく先史時代のプレシオサウルスではないか? と考えたオネッリ氏らも調査隊を派遣したが、小さなボートしか持っていなかったのでしっかりした調査が出来ず、生物の痕跡を発見することが出来なかったという。 この巨大生物の話題は当時、地元のみならずアルゼンチン国内外でも注目された。 ルーズベルト大統領の狩猟仲間だったアルゼンチン保守党のエドマンド・ヘラー氏はプレシオサウルスの絵を選挙に使用し、怪獣を捕まえられたら皮膚の一部をニューヨーク自然史博物館に寄贈すると宣言した。一般市民の注目も高く、ブエノスアイレスの町には店名を「エル・プレシオサウリオ」と怪物の名前に変えるカフェが現れたりもした。 このアルゼンチンの巨大生物は、日本ではエル・プレシオサウリオとして紹介されることもあるが、これはスペイン語でプレシオサウルスを指すものである。つまり当時の人々はこの怪物を恐竜の生き残りが見つかったと認識していた事が伺える。 ちなみに有名なイギリス・ネス湖のネッシーが世界的に有名になるのは1930年代まで待たなくてはならない。それより先に注目を集めたこの怪物の正体は何だったのだろうか。 歴史を調べてみると1922年はエスケルの町に新たな鉄道が敷かれた年であったことが分かる。現代でも新たなインフラや公共事業が完成するとそれに付随した観光資源が求められる事がある。また、1912年には世界的ベストセラーとなったコナン・ドイルの小説「失われた世界」が発表されている。この小説は南米のギアナ高地に絶滅してしまったはずの恐竜が生息していた、というものであった。 つまり、この怪物騒動は地域活性のための創作であった可能性も捨てきれないということだ。日本で言う広島のヒバゴン騒動が近いかもしれない。謎の獣人らしき生物が目撃されたという証言から一大ブームが巻き起こり、目撃されなくなった今でも地元の名物として認知されている。 彼らが本当に恐竜を目撃したのか、残念ながら1922年以外に目撃証言が出ていないため詳しいことは分からない。 しかし、地元の人々にとっては大事件であり、人々に迎え入れられていたことは、当時の写真に残る張りぼての巨大な恐竜を囲んでいる笑顔の住民たちの姿からもよく分かるものとなっている。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2015年09月16日 15時00分
亡霊軍人の帰還(2)
たとえ小規模かつ短期間であっても、ひとたび戦争となってしまえば多くの将兵が戦死することは避けられない。そして、戦争がもたらす理不尽な死の記憶は、さまざまな都市伝説や怪奇譚を育む土壌となった。その中でも興味深いのは、故郷を離れた戦地で倒れた将兵が亡霊となって帰還する物語で、時代の移り変わりを反映しつつ内容が大きく変化しているのだ。 たとえば昭和30年に刊行された棟田博の小説「サイパンから来た列車」は、玉砕し「骨も拾ってもらえない」将兵が、望郷の念から幽霊列車を仕立てて東京へ戻り、始発列車が動き出すまでのひとときを使って家族の様子を垣間見るという筋書きだった。敗戦から10年目といった世相を反映してか、内容は淡々とした筆致の人情話といったところで、声高に著者の主張を語るわけでもなく、恐怖を煽るわけでもない、どちらかと言えば地味な作品であった。 ただ、その地味なところが、いまだ敗戦の記憶が生々しい当時の人々に受けたようで、小説はベストセラーとなり、まもなく「姿なき一○八部隊」として映画化もされた。映画は原作にかなり忠実で地味な作品となったが、ポスターはボロボロの日本兵が大きく描かれて怪奇な雰囲気を強調していたとされるのが興味深い。また、同時代の亡霊軍人帰還譚は望郷の念や慰霊に力点を置いたものが多く、ことさらに恐怖や主義主張を描いたものは比較的少ないとされる(軍隊の恐怖は内務班による私的制裁や憲兵の拷問を通じて描かれた)。 しかし、敗戦から時を隔てるにつれ恐怖や怪奇、あるいは作者の主義主張を描き出すための舞台設定、あるいは語り部として亡霊軍人の帰還が描かれるようになっていく。先の「サイパンから来た列車」もその例にもれず、敗戦から50年を経て倉本聰がラジオドラマ化した際には、現代日本を強く批判する内容へ翻案されている。その後、タイトルを「歸國」と変えて舞台やTVドラマとなったが、社会批判的な要素はいっそう濃くなった。 地味で淡々とした棟田博の原作を翻案して現代社会を批判した倉本聰はひとつの事例だが、敗戦の記憶が生々しかった戦後の雰囲気が変わっていったことを示しているといえよう。では、戦争中に亡霊軍人の帰還譚は存在したのであろうか? また存在したとすれば、いかなる形で語られていたのであろうか?(続く)
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ミステリー 2015年09月15日 15時00分
宇宙人の頭骨が発見された!? メキシコの「スターチャイルド」
1930年代、メキシコのチワワ州にて奇妙な頭蓋骨が発見された。発見者は村の少女であり、村の洞窟の中で奇妙な人骨らしきものを見つけたため掘り起こしてみたのだという。調査の結果、洞窟からはほぼ完全体の成人女性の全身骨格と、小さな子どもの骨格が発掘された。しかし、何より目を引いたのはその子どもの頭蓋骨であった。上顎部が損壊しているものの、眼窩は中央に寄り頭蓋部が非常に肥大化している、いうなればグレイ型エイリアンのような外見だったのである! この頭蓋骨は発見者の少女が亡くなった後、アメリカ人の男性の手元に渡り、1999年よりアメリカの解剖学者ロイド・パイ氏のもとで研究されることになった。その結果、この頭蓋骨は900年以上前の5〜6歳ほどの男児のものであること、大きさに比べて異様に軽く脆い骨であること、脳の容積が1600ccと成人の平均容積よりも大きい(成人の脳の平均容積は1400cc)ことなどがわかった。なお、もしこのままこの男児が成長していたならば、成人時には脳の容積は1800〜2000ccに達するとみられている。 なお、2004年に行われたDNA調査の結果、この男児はともに出土した女性と親子関係にあったことが判明している。しかし、男親の方のDNAは判別出来なかったという。 この頭蓋骨が発掘された地域には天から来た人物と現地の女性の間に子どもが生まれるという伝説もあり、パイ博士はこの子どもは正に伝説の星から来た子ども、宇宙人と地球人のハイブリッド「スターチャイルド」であると結論づけたのである。 当然ながら「スターチャイルド」が本当に宇宙人とのハーフの子どもであるかについては異論が出ているのも事実である。一番有力な説は水頭症に近い奇形児が生まれた後、成長に合わせてその頭蓋を布で絞めるなどしてより変形させる「頭蓋変形」を行ったものではないかとするものだ。実際、中南米では古来より特別な地位の人物が小さい頃から頭骨を変形させるという文化があった。また、この頭骨が発見された場所を調査したところ当時の神殿と考えられるため、恐らく奇形として出産された男児を神の遣いとして神聖視し、より意図的に変形させることで象徴的に扱われ死後埋葬されたものではないかと見られている。 しかし、スターチャイルドの頭骨にはまだ不明な点もある。特に一番の謎とされているのが、骨の内部から発見された複数の繊維質の物体だ。この繊維質の物体は全体的に赤みを帯びており、また骨の多孔組織の中に埋め込まれるようにして存在していた。これは通常の人骨では起こりえない事であるとされている。果たしてスターチャイルドの正体は何なのか。いつか彼の正体が明らかになる日は来るのだろうか。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2015年09月12日 16時47分
最後列に写ったのは亡くなった整備兵本人だった!? 集合写真に写り込んだ幽霊
この写真は、1919年に撮影された「本物の心霊写真」として名高いものである。一見普通の集合写真なのだが、最後列左から四番目の男性に注目してほしい。皆と一緒に笑顔で収まっている男性の後ろに、陰鬱な表情の男性の顔が半分だけ覗いた状態ではっきりと写っているのだ。 この写真は第一次世界大戦時の1919年にイギリス海軍ダナイー級軽巡洋艦ディーダラス号の訓練施設にて撮影されたものである。この写真を見た部隊の隊員たちは、彼の後ろに写り込んだ人物の顔を見て、ある人物の名前を思い出していた。 彼の名はフレディ・ジャクソン。この写真が撮影される2日前に飛行機のプロペラと接触して死亡した整備士だった。しかも、この写真が撮影された正にその日、彼の葬儀が執り行われていたのである。 この写真は1975年、引退した空軍将校のビクター・ゴダード氏が著書で紹介したことで世間に知られることとなった。 もちろん、この写真についても二重露光など印刷ミスや撮影ミス、トリックなどを疑う声もあった。しかし、この男性と幽霊の顔をよく見れば全くの別人であることが判る上に、隣に立っている男性は軍帽を被っているが幽霊らしき人影は帽子を被っておらず、額が見えており髪型を見て取ることもできる。つまり、横の人物がぶれて写ったりしているわけではないということで、この写真は「本当に幽霊が写ってしまった可能性の高い」心霊写真の一枚であると言われているのである。 なお、ここに出てきた軽巡洋艦ディーダラス号はオカルト好きには別の方面でも有名な艦でもある。なぜなら、この巡洋艦は1846年に喜望峰の付近にてシーサーペントと遭遇、克明な記録を残しているからである。これだけオカルトがらみの逸話の多い艦も珍しいのではないだろうか。(山口敏太郎事務所)
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ミステリー 2015年09月11日 15時00分
亡霊軍人の帰還(1)
怪奇譚の定番に不慮の死を遂げた人々が亡者となって故郷へ還る、あるいは遺族へなんらかのお告げをもたらすという話がある。その中でも特に強い悲劇性を帯びて語られる幽霊話が、戦死した出征兵士の帰郷譚であろう。特に敗戦40周年となる昭和60年の夏には軍人にまつわる怪奇譚が雑誌やTVなどでも数多く取り上げられ、その多くが亡霊兵士たちの帰郷譚であったという。 ところが、興味深いことに英米では亡霊軍人の帰郷譚に対して関心が日本よりもはるかに薄いようで、軍人にまつわる幽霊譚集などでも帰郷に関するものは非常に少ない。英米における軍人幽霊は、大半が基地の霊安室に出没する戦死者か、あるいは古戦場や退役軍艦などで過去の戦いを再現する将兵のどちらかである。つまり、英米における軍人幽霊の主流は地縛霊で、遺族への思いよりも軍人としての忠誠を選んだ存在として受け止められているのだろう。 また、日本において亡霊軍人の帰郷譚が関心を集めた背景には、間違いなく仏教の「盂蘭盆会」が存在しており、キリスト教圏とは文化的な土壌が全く異なっているとも言えるだろう。とはいえ、敗戦から70年もの時を隔てた今日では日本でも戦争遺族の多くが老齢化し、英米と同様の地縛霊型亡霊軍人の怪奇譚が増えてきたように思う。それも、祖国への忠誠や軍人としての義務を感じさせるものが多く、その点でも欧米化が進んでいるといえよう。 さておき、戦場や霊安室に出没する地縛霊が多い英米の亡霊軍人にも、留守宅への帰還を果たした者がいないわけではない。それは英地中海艦隊司令長官トライオン中将の亡霊で、レバノン沖の衝突事故によって殉職した際、ちょうど同じ時刻にロンドンの自宅で行われていたパーティーに姿を見せ、多くの人々を驚かせたという。 軍人幽霊譚として最もよく知られたエピソードのひとつで、かつ「王族ではない高位の軍人」が亡者となったという点でも興味深い。さらに、事故はトライオン提督が発した軍艦の性能を超える機動命令によるもので、すべての責任は彼自身にあったという点においても特異な事例で、彼が最後に発した言葉は「すべて私の誤りだ(It is all my fault)」ともされる。 トライオン提督の事故死は融通の効かない海軍という組織や、有能だが気難しくて部下とは打ち解けなかったと死後に噂されたことから、彼自身の実像とは無関係に頑迷さの象徴とされ、死の直後から舞台や映画などでパロディの対象となった。彼の幽霊譚は事故を舞台化した演劇が上演された後に広まったとの説もあり、都市伝説の成立過程を探る意味でも興味深いエピソードといえよう。(続く)
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ミステリー 2015年09月08日 14時55分
UFOが襲来、謎の物質を撒き散らす!? 「モーリー島事件」
世界で初めて「円盤状の謎の飛行物体」が目撃されたケネス・アーノルド事件。ここから空飛ぶ円盤の存在やUFOという呼称が広まるきっかけとなったUFO史の出発点ともいうべき事件である。 だが、このケネス・アーノルド事件より3日前に、謎の円盤が飛来。謎の金属片や溶岩のような物体を撒き散らして去っていくという事件が起きていた!? 事件が起きたのは1947年6月21日、アメリカはワシントン州モーリー島付近の海上でのこと。タコマの巡視員ハロルド・ダール氏が二人の乗組員と彼の息子とともにモーリー島近海を巡視船でパトロール中、6機のドーナツ型の飛行物体が雲の間から現れたという。彼は始め気球かと思ったが、全体が金属製に見えたので別のものだと気づいたという。6機のうち1機は故障していたのか動きが不安定で、残り5機は故障している1機に合わせて編隊飛行しているようだったという。そして、不安定な動きをしていた1機の中央部から白い金属片が放出され、続けて溶岩に似た黒い物体が放出された。この溶岩に似た物体は海に着水するとシューシューという音を立て、そこから湯気が出ていたという。彼らは危険を感じてモーリー島の海岸に避難し、6機の円盤が飛び去った後で海岸に打ち寄せられた黒い物体を採集、港へ戻った。その翌朝、ダールの家に全身黒尽くめの奇妙な人物が訪れる。そして「昨日見たことは誰にも言ってはいけない」と警告して立ち去ったという。そう、この事件はUFO関連の事象が起きると警告に現れる謎の人物「メン・イン・ブラック(Menin Black、MIB)」が初めて確認された事件でもあるのだ。 そして1947年6月24日に有名なケネス・アーノルド事件が起きる。彼がダール氏から「自分も同様のものを目撃した」との手紙を受け取ったのはそれから1か月後の7月末のことであった。アーノルド氏は半信半疑ながらもダール氏とともにモーリー島に赴き、海岸で金属片を回収。友人の空軍大尉とともに本格的な調査を行う事にした。 アーノルド氏が後日空軍情報担当官と共にダール氏の元を訪れたが、ダール氏は急に態度を豹変させ、話をはぐらかし始めた。アーノルド氏らが帰ろうとした際、ダール氏の上司であるクリスマン氏が別の金属片を持って来たため、これを預かって空軍で分析することにしたという。しかし、この金属片を輸送していたB-25型爆撃機が原因不明の墜落事故を起こし、金属片を管理していた人物も死亡。金属片の所在は不明となってしまった。そして目撃者らも姿を消し、この事件は幕を閉じるのである。 果たして、モーリー島で起きたUFO事件の真相は何だったのだろうか。UFOの真実に触れそうになった人々が消されてしまった…という話もあるが、事件をつぶさに見ていくと、詳細な証言をしているのがダール氏1人である事実が判る。 実は、ケネス・アーノルド氏の円盤目撃事件が報道されてすぐ、「自分もよく似た飛行物体を目撃した」という体験談が複数寄せられていたのだ。その中には明らかに作り話と思われるものも多数含まれており、今回のモーリー島事件は物証があるということで調査が行われた事例だったのだ。 このモーリー島事件がケネス・アーノルド事件に便乗した愉快犯的な騒動なのか、それとも実際にUFOが飛来していたケースだったのかは今では解らない。しかし、UFOによる攻撃やMIBの報告などのキーワードが初めて出てくる、UFO史の中では非常に重要な事件であることは間違いないだろう。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2015年09月05日 15時46分
「付喪神(つくもがみ)」は実在する? ピアノのうえに謎の手が!?
長年使われた物に魂が入り、独りでに動き出すという怪異は洋の東西を問わず多く語り継がれている。 日本でも人の思いがこもった道具や、うち捨てられた日用品が独りでに動き出す怪異として「付喪神」という妖怪に変じるとされていた。日本では百年経った物は器物であっても神に変じるという言い伝えがあり、百年を待たずして粗末に扱われ捨てられてしまった物はその恨みから妖怪になると考えられていたのだ。例えば妖怪の姿を描いたものとして多くの人が思い浮かべるであろう、代表的な妖怪絵巻「百鬼夜行絵巻(真珠庵所蔵)」に登場する妖怪たちは、よく見ると壊れた道具や器物が顔になったり手足が生えている姿になっていることが解る。 また江戸時代の絵師・鳥山石燕の著作「百器徒然袋」にはそんな器物の妖怪、付喪神たちの姿が多く描かれているが、こちらは鳥山石燕の創作による所が大きいようだが、古びた物に対する人々の畏怖の念が下地としてあったからこそ生み出された妖怪達であることに代わりはないだろう。 では、これが海外のケースだとどうなるだろうか。海外では擬人化した器物のような妖怪の話が出てくる事は少ないが、それでも持ち主が生前深い愛情を注いでいたり、執着を見せていた物には持ち主の念が染みつくと考えられていたようだ。例えば死刑囚が愛用し、他の誰にも座らせないようにしていた一脚のパブのイスに執念が染みついたという曰く付きのイス「バズビーズ・チェア」は座る者を呪い殺すイスとして今でも有名だ。 そして、世の中にはそんな持ち主の念が写真に写り込んだのではないか、と見られているケースも存在する。記事の写真を見て欲しい。これは1900年にモンタギュー・クーパーという人物が撮影したアンティークチェストの写真なのだが、天板の上に半透明に透けた人間の手首が写り込んでいるのだ。今まさにチェストを使おうかとしている手は白く細く、女性のもののようにも感じられる。果たして、この手の主は何なのだろうか? ちなみに、同様の写真がアメリカでも撮影されたことがある。その写真はピアノの上に手首から先が写っているというものだったのだが、これはカメラマン達の鑑定の結果、別角度にいた人物の手がピアノの表面に反射して写った瞬間が捉えられたものであると判明している。 しかし、この写真は家具の紹介写真として撮影されたものであり、当然家具単体を被写体として収めるため周囲には誰もいなかった事が判明している。それ故に何らかの影が映り込んだ可能性は低く、二重露光などの印刷ミスでもないとされている。 そのため、この写真はフェイクの要素のない「本物の心霊写真」としても名高いものなのだ。 ちなみにこの写真は、撮影されたイギリスでもかつてこのチェストを愛用していた人物の魂が写り込んだのではないかとの噂がたった。さて、あなたはこの写真から何を感じるだろうか。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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