ミステリー
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ミステリー 2016年07月06日 17時00分
続々名言の謎(完)
日本の戦国時代は歴史の転換点だが、義務教育レベルでは信長から秀吉、そして家康の流れだけ押さえればよいとされており、俗に「天下餅」と呼ばれる狂歌がしばしば登場する。それは「織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川」と言うもので、戦国時代から徳川政権への流れを端的に示しているとされていた。 その狂歌をもとにして、江戸末期(1849年)には歌川芳虎が「道外武者御代の若餅」なる浮世絵を描いたともされており、絵そのものは現存している。ところが、浮世絵には全く異なる句が添えられており、また落首を記した同時代の記録などは伝わっていない。そのため、浮世絵は本当に「天下餅」をもとに描かれたのかどうか、さらには狂歌の実在についても確かなことは言えないのだ。 では、誰がいつごろ「天下餅」の狂歌を言い始めたかというと、現段階では明治時代の論客として名高い宮武外骨とされている。宮武外骨は新聞や雑誌を数多く創刊し、なかでも「滑稽新聞」と「スコブル」は日本の大衆文化史に大きな足跡を残したとされる。また幕末から明治にかけての世相風俗にも深い関心を寄せ、明治44年に出版した「筆禍史」は江戸幕府が出版や言論を取り締まった「筆禍」をまとめた資料として知られている。 その「筆禍史」に「道外武者御代の若餅」が徳川批判として取り締まられたと記されており、その中に「天下餅」と浮世絵の関係も述べられている。ところが、そこにはこのようにも記されている。 右の事実は古記録にて見たるにあらず、画者芳虎は明治の初年頃まで生存し居り、其頃同人直接の懐旧談にて聞きしといへる、某老人の物語に拠れるなり。 ざっくり言うと又聞きで、浮世絵が取り締まられた記録を発見したものではなく、作者の歌川芳虎から狂歌の話と取り締まられたことを聞いた老人が、さらに宮武外骨へ伝えたというものだ。また、老人の名前はもちろん、素性をうかがわせる情報もなく、厳しく表現するならネットのうわさ話と変わらない。 とはいえ、宮武外骨という著名人がわざわざ著書に収録したのだから、当時はなにがしかの根拠が存在したのだろう。そして、素性のしれない老人が伝えた狂歌と、その物語が現在に至っているというわけだ。 果たして真相やいかに?(了)
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ミステリー 2016年07月05日 17時00分
「人食いミドリガメ」は実在したのか? いまだ明かされていない亀の生体とは?
6月23日、東京都目黒区の区立碑文谷公園の池で88歳の女性がバラバラ遺体で発見される事件が発生した。犯人は未だ不明で女性が自宅から移動した形跡がないこと、殺害される直前には防犯カメラに女性の姿が写っていたことなどからミステリアスな事件として扱われている。 また、当初は「女性の人体の一部を亀が咥えていた」という報道から「人食いミドリガメ」の噂も一部では囁かれていた。 もっとも亀が人体を咥えていたという報道は人骨の一部を亀が咥えていたということと考えられており、亀が人間を食べたということではないことが明らかになっている。 また、ミドリガメはどんなに大きくなっても50センチ程度で、幼体のときには肉食傾向が強いものの成長するに従い草食傾向になるようで完全肉食というわけではない。 しかし亀は本ミステリー記事でもたびたび報じている通り、奇形種が非常に多い個体である。UMAではアフリカのコンゴに現れたとされる6mの「ンデンデキ」などがその代表だが、かつて地球上には3〜5mの亀「アーケロン」など「やたら巨大な亀」が生息しており注目を集めている。 今回、ご紹介している写真は今から100年ほど前に捕まえられた巨大亀の写真であるがクレーンで移動しなくてはならないほど巨大となった亀は今もいるのだ。 それは日本も例外ではない。かつて日本では「和尚魚(おしょううお)」と呼ばれるおっさんの人面が付いた亀が目撃されており江戸時代の百科辞典『和漢三才図会』に掲載されている。これは妖怪の一種であるが、非常に人間じみた性格を持っており捕らえられると涙を流して命乞いをするという。体長は約2mと当時にしては巨体で甲羅をかぶったおっさんが涙を流して泣いている様子はなんとも滑稽である。 「人食いミドリガメ」実在の可能性は低いと思われるが、つい実現性を信じてしまいそうなリアリティは「亀の神秘」と言えなくもない。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2016年07月02日 15時24分
古写真の怪! 工場の集合写真に現れた「謎の手」の正体は?
そこにいないはずの人の姿が映り込むもの、心霊写真。 夏が近づき、暑くなってくると怪談と共にテレビや雑誌などのメディアで特集され、我々の肝を冷やしてくれる。 心霊写真は、カメラが発明され、一般の人でも気軽に写真撮影出来る機会が増えてくるとほぼ同時に生まれてきた物でもある。印刷ミスやフェイクも多かったが(実際、心霊写真の撮影が一種のビジネスになっていたケースも存在していた)、それでも説明不可能な心霊写真が当時から存在していたのも事実だ。 この写真は今から116年前、アメリカにて撮影されたものである。所有者はこの写真に写っている女性の孫であるという。 前から二番目の列、向かって右端の人物をよく見て欲しい。彼女の肩に小さな手が存在しているのだ。 この女性達は、紡績工場で働いていたものらしい。仕事仲間達の集合写真と言った所だろうか。全員が揃って腕組みしてカメラの方を見つめている。勿論、肩に手が置かれている女性の後ろに立つ二人も明確に腕組みしており、いたずらで手を置いたということは考えられない。また、彼女たちは階段状になっている所に整列して写っているため、前の列と後ろの列の間に人がいるスペースはなかったものと見られている。また、同時期の紡績工の写真と見比べると、宣伝や広報用として撮影されたものである可能性もある。そんな写真を、細工して心霊写真にしようと思うだろうか。 この写真は現在、海外のオカルト研究家が譲り受け、ネット上で広く意見や情報を集めているものだという。 果たして、この写真は本当に霊の姿が写ってしまったものなのだろうか?文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2016年06月29日 18時00分
続名言の謎
日本の戦国時代を表す言葉として、俗にいう「天下餅」がある。それは「織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川」との落首(世相を風刺した狂歌を匿名で公開したもの)に由来するもので、教科書などでも取り上げられる他、大河ドラマでも家康が座ったままずんだ餅を食べる演出が話題となった。 ただ、この狂歌を描いた浮世絵として江戸末期(1849年)に出版された歌川芳虎の「道外武者御代の若餅」は伝わっているのだが、肝心の歌そのものは伝わっていない。それどころか、浮世絵に添えられた発句は「君が代とつきかためたる春のもち 大将の武者四人にて餅搗之図」で、落首とは異なっている。 とは言え、当時は幕府を批判することそのものが重罪であり、天下餅のような狂歌を公然と刷って流通させられるような状況ではなかった。この浮世絵にしても、武者の家紋などから家康が労せずおいしいところをもっていったとの寓意が隠されているとされ、発売からわずか半日で発禁となり、版元ともども歌川芳虎も処罰されたと伝わっている。そのため、添えられた発句は幕府批判ではないとの体裁を整えるためのもので、狂歌こそが真意であるとの見方には説得力がある。 幸いにも浮世絵は現存しており、発句ともども確認できるが、確かに「天下餅」の狂歌そのものに繋がる情報はない。ただ、描かれた内容は「天下餅」そのものであるだけに、関連が全く無いとも思えない。 ならば、狂歌の内容や浮世絵がそれをもとにして描かれたという話は、いつ、どこで生まれたのだろうか? それには、明治時代に活躍したジャーナリストであり、言論人が深く関わっていたのである。(続く)
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ミステリー 2016年06月28日 18時00分
恐竜と人間は共存していた!? 紀元前の恐竜土偶なぞ
こちらの写真は本ミステリー記事でもたびたび紹介している「恐竜土偶」の一体である。 出土年代ほか場所など詳しいことは不明だが、大きな頭に盛り上がった胴体4つ足は我々のよく知る恐竜そのものである。 このような恐竜の形をした土偶は世界各地で発見されており特に有名なのはメキシコのアカンバロで発掘された土偶である。 1945年、ドイツ人実業家ワルデマール・ユルスルートはアカンバロの町外れの山で奇妙な土偶を発見。家族とともに7年かけて発掘し3万体以上もの謎の土偶が発見された。 そのなかの一部は紛れもなく恐竜の形をしており「恐竜と人間は共存していた証拠ではないか」と話題になり各所で大きく報じられた。 しかしあまりによく出来すぎた話のため報道されるとともに「捏造説」が囁かれることになる。研究者の手によりアカンバロの恐竜土偶は紀元前1000年から紀元前4000年前のものと結果が出るが、個体によってバラつきがあり明確な証拠としては弱いという話もある。 また研究を受けたのは3万体中の数点であり「偶然恐竜に似た個体を選んだだけ」という話もある。確かに3万体もあれば恐竜に似た動物(ワニやトカゲなど)はおのずと作られるだろうし恐竜の形でない個体があったのは事実である。 しかしながらアカンバロに限らず、恐竜土偶は発見されており、恐竜と人間が戦っているシーンを描いたペルーの「カブレラストーン」、カンボジアのアンコールワット遺跡に描かれたトリケラトプスのレリーフなどは特に有名である。 上記の説ではこれらの説明がつかないため「恐竜土偶」は現在も研究が進められている状態にある。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2016年06月25日 15時36分
ポラロイドカメラで撮影されたUFO写真! その驚きの撮影方法とは?
現在では多くの人々がスマートフォンなどの携帯端末を常備しているため、何か起きた時はすぐにカメラを起動し、動画や写真を撮影できる時代になっている。さらに、インターネットを通じて即座に動画や写真を公開・配信することも可能だ。誰もが「決定的瞬間」を捉える事のできる時代になったと言えるだろう。 しかし、昔はそのようなツールもなかったため、決定的瞬間を捉えるのは難しいことだった。技術が進歩していき、カメラを誰もが持てるようになり、また自分が撮影した写真がすぐに出てくるポラロイド写真技術ができたことは、情報発信を早めるのに一役買った面もあるだろう。 そんなポラロイド写真が捉えた一枚のUFO写真がある。 1966年、オーストラリアの首都メルボルン、バルワインにて撮影されたものだ。撮影日時は4月2日午前11時ごろ、晴天の下に金属質の謎の物体が浮いているのがわかる。 これを撮影した人物は、当時の報道では匿名とされたが、彼は地元で有名な実業家であったため名前が伏せられたのだという。それでも、一般市民が知り得なかっただけで、彼のもとには多くの報道陣が訪れる結果となったようだ。 彼はこの日、自宅の庭にてこの物体を目撃。物体は直径7〜8メートルあり、500メートルほど上空を飛行していたという。初めは水平状態で飛行してきたが、一度90度傾いて写真の形になったという。そして再び90度回転し、底部を目撃者に向けて北の方角へ飛び去ったという。また、この時ジェット機が音の壁を破った時のような、大きな破裂音を聞いたという。 ポラロイドカメラが写したUFOであったため、長らくこの写真は本物であると考えられてきた。 しかし後年、コンピューターを用いた解析の結果、写真に奇妙なつなぎ目が存在することが判明。写真の中央に存在したということなので、2枚の写真を用意して合成したものとみられている。空に偽物のUFOを配置した写真と、実際の風景を写した写真を上下に並べ、雲を利用してつなぎ目を自然に隠しつつポラロイド写真で撮影したのだ。つまり、写真をさらに撮影したトリック写真だったのである。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2016年06月22日 17時00分
名言の謎
ソーシャルネットなどでは著名人の肖像画などに興味深いエピソードや名言をあしらった画像がひんぱんに流されているものの、それらのなかには歴史的事実とは言いがたい、出所不明の言葉やエピソードも混じっている。 たとえば、歴史小説に描かれた創作があたかも歴史的事実であるかのように受け止められ、そのまま俗説として定着したものもある。そのためか、最近では根拠が曖昧な名言や歴史人物のエピソードを積極的に検証するマニアも増えたが、時に「実はデタラメ」だったかのように攻撃的な見出し語で衆目を集めるなど、ネット集客や広告誘導などの材料となることもあった。 よく知られている印象的な言葉やエピソードほど注目を集めやすいし、意外性も大きいため検証されやすいのだが、語り継がれてきた名言や逸話を覆すような新事実が簡単に見つかるはずもなく、もちろん逆転は難しい。ところが、教科書にも登場する「織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川」との落首(世相を風刺した狂歌を匿名で公開したもの)について、出典が極めて曖昧との指摘がなされたのだ。 もし指摘が事実であれば、大変な歴史スクープとなる。だが、定説とは異なる出典の存在を示すならともかく、存在しないことを示すというのは悪魔の証明であり、簡単には立証できないのだ。 まず、問題の「織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川」について、通説を再確認しよう。 これは江戸末期(1849年)に出版された歌川芳虎の浮世絵「道外武者御代の若餅」にまつわる落首とされており、浮世絵には餅をつく桔梗紋(織田信長の家紋)の武者と餅をのす猿顔の武者(豊臣秀吉)が描かれ、そして竜頭の兜を被って座したまま餅を食する武者(神君、つまり家康)が登場している。そのため、家康が労せずおいしいところをもっていったとの寓意が隠されているとされ、まもなく浮世絵は発禁になり、版元ともども歌川芳虎も処罰されたと伝わっている。 ただし、狂歌そのものは現存していないのだ。(続く)
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ミステリー 2016年06月21日 11時47分
海外に「人面犬」が生まれていた? 謎のキメラ生物「人面猫犬」の正体とは?
こちらの新聞記事は1949年に海外の新聞が発表した未確認生物のイラストである。 記事には「santer creature(サンタークリーチャー)」という名目で呼ばれているが日本ではまったく紹介されない一体のため、山口敏太郎事務所ではこの未確認生物を見た目から「人面猫犬」と仮称で呼ぶことにする。 記事よるとこの「人面猫犬」なる生物はノースカロライナ州で1890年後半頃に最初の目撃談があり、その後1900年代に再度目撃されているという。 おさげ髪のような特徴的な尻尾の形状、そして犬のような胴体、おっさんとも女性とも言えないその見た目は「ミステリーキャット」と呼ばれ「犬と猫」の間の子ではないかと記事では指摘されているが具体的な目撃談など詳しいことは不明だ。 「犬と猫」の間の子…と聞くと我々日本人としては『天才バカボン』のウナギイヌのような生物を思い浮かべるが、ウナギイヌのような可愛げはなくひたすら不気味である。 そもそもウナギイヌも同じであるが、犬と猫では生物の遺伝子を含む性染色体の数がまるで違うため交配によって受精し間の子が生まれることはまずない。 となると、この生物は人間が人工的に作ったキメラ生物の可能性が非常に高い。事実、過去本ミステリー記事でも紹介した翼の生えた猫「翼猫」は今回の「人面猫犬」と同じく1890年後半頃に目撃例がある。また、牛の体に人間の顔のついた妖怪「件(くだん)」も少し時期はずれるが1900年代初頭に写真が撮影されているため、1890年〜1900年は世界各所で「キメラ生物」の研究が進められていた可能性がある。 海外で猫と犬、そして人間の異種交配の研究が行われていたとしたらこれはビッグニュースであり、これまで日本オンリーと思われていた「人面犬」に新たな研究資料が誕生したことになる。残念なのは写真ではなくイラストのため具体的な証拠とは言い切れないところだが、海外で「人面犬を目撃した」という読者の方がいたらぜひ山口敏太郎事務所までご連絡いただきたい。文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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ミステリー 2016年06月18日 16時01分
ネッシーを捉えた最古の動画「ティム・ディンスデール・フィルム」とは?
世界で一番有名な未確認生物といえば、イギリスはネス湖に生息しているネッシーだろう。ネス湖には古代から巨大な怪物が出るという伝説があり、1930年代にこの地が整備され、湖畔に自動車道路が出来てから飛躍的に目撃者が増えた。そして、まるで伝説の生物の存在を証明するかのような写真も撮影されていくようになるのである。 もちろん、ネッシーの姿は写真だけではない。当時から動画にも収められていたのだ。 それが1960年に撮影されたティム・ディンスデール・フィルムである。 ネッシーの噂を聞きつけた彼はネス湖で調査と観測を続けたところ、フォイヤー川河口付近にて激しく水が動いているのを目撃。双眼鏡で見てみると、水面下に長く黒い影が蠢いているように見えたため、慌ててカメラを回したのだという。 現在でも確認できる動画には、確かに手前から奥の方に向かって泳いでいく黒い物体が確認できる。果たしてこれは、本当にネッシーを捉えたものだったのだろうか!? 実は、この動画は当時から懐疑的な見方の方が強かった。本人も「約900メートル離れていた」と証言しているが、当時のカメラでは追い切れないほど物体が遠い位置に存在しており、不鮮明で細部を確認しづらいのだ。そこで現在では、この動画に映っていた物体は現代で言うモーターボートに近い船だったのではないかと見られている。 有名な「外科医の写真」は現在では模型を用いたトリック写真と判明しているが、今でもネッシーと言えばこの写真の姿が思い出されるほどにポピュラーなものとなっている。もしそこに映っているものがトリックや何かの誤認であったとしても、未確認生物に関する資料としての地位は揺るがないのだ。その写真や動画をもとに未確認生物の存在を検証を行ったという事実がある限り。【ネッシー最古の動画】ティム・ディンスデール・フィルムhttps://www.youtube.com/watch?v=pVOyo-OwDYM
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ミステリー 2016年06月15日 17時00分
続々ビッグ・セブンの謎(完)
ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」に登場する戦艦長門などの「世界のビッグ7」という台詞について、太平洋戦争前には存在していなかった、あるいは日本でのみ使われていたのではないかと、マニアらは疑問に感じていた。しかし、太平洋戦争前の本に日本の長門と陸奥、アメリカのコロラドとメリーランド、そしてウエスト・ヴァージニア、さらにイギリスのネルソンとロドネーを「世界の七大戦艦」と称する記述があり、おそらくは戦後にそれが変化したのであろうと推測された。 ただし、アメリカでは使用例が見つからず、それどころか自国の戦艦を「ビッグ・ファイブ」と称しており、また当時のイギリス海軍を代表していたのは「戦艦フッド」で、ネルソンやロドネーではなかったことなどから、日本でのみ使われた表現であり、おそらくは戦艦長門と陸奥を宣伝するためのキャッチコピーのような言葉だったのではないかと考えられている。 とはいえ、たとえ「戦艦フッド」がイギリス海軍を代表する存在だったとしても、ネルソンやロドネーも強力な戦艦であり、それなりに評価されていたのではないかとの見方もなくはない。ところが現実はその反対で、むしろ海軍を悩ませる問題児だったのだ。 まず、ネルソンとロドネーは強力な主砲と防御を海軍軍縮条約の規定内に収めるため、全ての主砲塔を前方へ集中配置するという、非常に特異なデザインを採用していた。ところが、それによって予想外の不具合が発生し、海軍における評価は散々だった。有名なところでは主砲発射時の爆圧が激しく、後方を射撃した場合には船体や艦橋を損傷する可能性があったことと、低速時の運動性が極端に悪く操船に高い技量が必要だったことなど、様々な問題点が指摘されていた。 さらに、ネルソンやロドネーは就役から数年後、はなはだ不名誉な事件に巻き込まれている。両戦艦は「インヴァーゴードン反乱」と呼ばれる大規模な水兵ストライキの舞台となり、予定されていた演習へ参加できなかったのだ。最終的には、話し合いによって首謀者が投降したものの、控えめに言っても「世界のビッグなんとか」に入れて顕彰するような存在ではなかった。 こういったネルソンやロドネーをめぐる雰囲気から、イギリスではアメリカ以上に「世界のビッグ7」という言葉が使われた可能性は低い。それどころか、両戦艦には「不細工船」とか「油槽船みたいなの」とか、不名誉な呼び名が伝わっているのだ。(了)
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