某町2丁目の茶屋の倉橋の常さんが、友人と釣りに出かけた。
「さあて今夜は、どでかい獲物を頂こうかね」
「そうだね。常さん、大物が釣れるといいね」
そんな釣り談義を常さんが、友人と繰り広げていると、前方から女がやってくる。
「おいおい、女が出歩くには随分と遅い時間だね」
「それにしても変だな、妙だよ」
二人してよくよく眺めていると、お雀様というお宮の椎の木に来た時に、ようやく女の出で立ちが判明した。よく観察すると頭に蝋燭、口に剃刀をくわえている。これは祈り釘と言って相手を呪い殺す儀式の扮装である。
「おい、あの女、祈り釘の儀式中らしいぞ」
「見た者は殺されるらしいぜ」
常さんと友人は恐ろしくガタガタと震えだした。当時は、お雀さんの境内で深夜に密かに行われていた。今で言う呪いの藁人形である。しかも、他人に見つかった場合は効果がなくなると言われており、もし、儀式の途中や道の途中で他人に出会った場合は、剃刀で喉を引き裂き殺さないと呪いは効果がなくなると言われた。
「このままじゃいけない。早く逃げないと」
常さんと友人は、急いで椎の木の横にある池に飛び込んだ。夜なので水中は異常に寒く、我慢できるものではない。しかし、他に隠れる場所はないのだ。
(頼む、早く行きすぎてくれ)
二人は水中で、ガタガタ震えながら、女があきらめるのを待っていた。
呪い釘の女が近くまでやってきた。女の方でも二人を見とがめたらしく、口に剃刀をくわえたままで、周囲をきょろきょろと探している。
(いかん、見つかったら殺される)
二人は生きた心地がしなかったが、しばらくすると、女はお雀さんのお宮の方に歩いていったそうだ。
だが、それを見届けた後になっても二人は恐怖のあまり、明け方になるまで池の外まで出ることができなかったという。
(監修:山口敏太郎)