例えば「七人ミサキ」等の霊団が妖怪になったケースでは、犠牲者を一人得る度に一人が成仏していく性質になっているので、いつまでたっても犠牲者が減らないという仕組みになっている。
栃木県には、自殺した人の魂に関係するこのような伝説が残っている。
江戸時代後期の儒学者である蒲生君平はある日、綾瀬川のほとりを散歩していた。夕暮れ時を過ぎ、当たりが暗くなって人通りが少なくなってきた頃のこと。
不意に腹が痛くなり、便意を催した蒲生君平は川原に出てしゃがみこんだ。すると、尻に何かが触っている。一体何かと手を伸ばして掴んでみると、丈夫な紐が手に触れた。
さてどうしたものかと紐を眺めていると、女の声が聞こえてきた。
「その紐を返せ。さもなければ恐ろしい目に遭うぞ」
しゃがれ声で凄んでみせる声に、蒲生君平は(どうもこの世のものではないようだ)と思ったが、生来豪胆な性質であったので女の声を意にも介さずにおいた。
すると、女の霊が彼の前に現れてみるみるうちに鬼神のような形相へと変わっていった。それでも君平は怯まず紐を返さずにいると、女の霊はその姿を奇怪な妖怪へと変えた。
これはこの女の霊が脅そうとしているのだろう、と思った君平がなおも涼しい顔でいると、妖怪はやがて元の女性の姿に戻ってしまった。そして、大人しく彼に自らの境遇を語り始めたのである。
「私はこの川原で自殺した亡霊です。成仏出来ないまま彷徨いながら、土地神にこき使われておりました。そこで、代わりの人間をこの紐で自害させ、代わりに差し出そうとしておりました」
つまり、この自殺した女の霊は、生者を死に引き込まない限り自分が成仏できないため、犠牲となる人物を探していたのである。
今も自殺の名所とされる場所は存在しているが、もしかするとそこにはこの女性の霊のように、成仏するために犠牲者を探している霊がいて死の淵に引きこもうとしているのかもしれない。
監修:山口敏太郎事務所