「風邪で長引く咳を侮ってはいけない。マスクや手洗い、うがい、さらにはインフルエンザのワクチン接種などで予防に励むことが何よりです。それでも、咳や痰が生じるようになり、『うつったかな?』と思う段階で、自宅近くの医療機関を受診して欲しい。とにかく、咳を甘く見てはいけません。咳の原因は肺や気管支以外にも、逆流性食道炎など別の臓器の病気によることもあります。咳はいわば体のSOSのサインとも言えるのです。原因を調べて健康管理に役立てなくてはなりません」
と語るのは、総合医療クリニックの院長・久富茂樹氏だ。慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息などの呼吸器疾患の診断・治療を数多く行っている。
久富院長によると、COPDは、肺の組織が壊れ、気管支の炎症や空気の通りが悪くなり、階段を上がったときなどの息切れ、呼吸困難、咳や痰の症状などとして特徴的に現れる。
しかし、これも早期段階では息切れ程度で、健康診断のエックス線検査でも肺の異常は見られない。ただこの状態で風邪をひいて気管支の炎症が強くなると、咳や痰の症状が激しさを増す。そうなると従来の薬ではなかなか抑え切れない。さらに、気管支の炎症と閉塞が伴う喘息を合併することもあるから要注意だ。
また、咳、喘息などの診療を手掛ける内科専門医はこう語る。
「長引く咳で多いのは、風邪の症状に続くケースだ。喉の痛み、鼻水、発熱などの症状が出て、数日後には症状は治まるのですが、咳の症状だけが残ってしまう場合。市販薬を服用しても咳はなかなか治まらない。この原因は、風邪のウイルスで気道が過敏になってしまった場合と、風邪でダメージを受けた粘膜の細菌が感染した場合(二次感染)が疑われます」
一方、風邪をきっかけに“咳喘息”になる人も多いと言われる。それも通常の喘息と症状が異なるため、気づかない人が多いという。
喘息は、アレルギー反応による炎症であり、気道が細くなり「ヒューヒュー、ゼイゼイ」といった喘鳴を伴うのが特徴で、発作により気道が塞がると命に関わることがあるので、注意が必要なのだ。
だが、咳喘息では、喘鳴はない。気道は塞がれず、咳のみの症状が特徴とされている。1970年代に米国で提唱され、近年、国内外の喘息の治療ガイドラインにも提起されている。いわば、比較的新しく分かった咳の原因と言える。
「訪れる患者さんで、8週間以上続く咳症状で受診し、レントゲンなどの検査で肺や気道などに異常が見つからない人の約半数は、咳喘息が占めると言われています。夜間にひどくなる場合は、その可能性が高い。要注意ですね」(前出・久富院長)
咳といっても、肺がんや感染症などの病気以外にも原因はいろいろある。風邪で咳が長引くときは、鼻の構造上、鼻水がノドへ逆流するのも1つの原因とされる。喉へ流れた鼻水が気道の粘膜を刺激し、それが咳の症状に繋がる。また、胃酸が食道へ逆流する逆流性食道炎でも、胃酸が気道の粘膜を刺激して、やはり咳を引き起こすのだ。
★軽症の気管支拡張症が増加
もう1つ、風邪が治っても咳や痰がいつまでも続き、夜も熟睡できないという症状に「気管支拡張症」がある。
この病気は、何らかの要因で気管支に傷ができ、そこに細菌が定着。過剰な免疫反応で炎症が慢性化し、結果的に気管支が拡張してしまうのだ。
「かつては結核や小児期の肺炎などをきっかけに発症し、その後、感染を繰り返して徐々に悪化していくものと理解され、治療も消極的でした。しかも、抗菌薬が普及し、ワクチン接種で小児の肺炎が減少。これにともない、気管支拡張の注目度も低下し、『極めて患者数が少なく製薬企業が関心を示さないような病気』とされた。ところが、最近の研究で気管支拡張症が増えており、その約50%はこれといった病気がなくても発症する突発性(原因不明)で、風邪の後だけ症状が出る“軽症の気管支拡張症”も多いと分かってきました」
こう説明するのは、東京多摩総合医療センター総合内科・笹島正彦医師である。
そして、さらにこう付け加える。
「気管支拡張症は、昨年9月に初めて国際治療ガイドラインが発表されました。欧米ではメカニズムや治療法などが盛んに議論され、欧州、米国、オーストラリアで大規模な患者調査がスタートしました。ところが、日本ではガイドラインがなく、大半の医師の間で重要視されていません。ですから、症状だけから推察、風邪やCOPDなど別な病気と診断されている可能性もあり、見逃されるケースも考えられる。今後の研究や調査に注目したいと思います」
同センターには、関質性肺炎や重症の気管支拡張症などの難病で苦しむ患者が全国からやってきており、長引く咳の患者を診ることが多いという。
そのうち、50代以上で「この数年、風邪のたびに咳と痰が長引き苦しんでいる」と訴える患者が、かなり増えたという。そんな患者にはHRCT(高分解CT)を行うと、だいたい2人に1人ほどの割合で気管支拡張症が見つかるという。
しかし、医療業界の中には、よほど気管支拡張症が疑われるケースを除き、CTを勧めていない。これらの年代は、吸入ステロイド薬で咳が収まるアレルギー性の場合がほとんどで、CTは医療被曝の問題があり、過剰診療は避けなくてはならないからだ。
現在、国内の喘息患者は約300万人。そのうち5〜10%の人が重症と推定されている。重症の人は、その日の体調リズムやホルモンバランスの乱れにより免疫の暴走に拍車がかかりやすいとされる。
さらに、師走の忙しさで睡眠時間が短くなり、過度なストレスを受けると、歯止めもきかなくなる。
日頃からマスクや手洗い、うがいなどで、風邪予防を心掛けたい。