「歯周病」「歯肉炎」「歯周炎」「歯槽膿漏」――。インターネットやテレビCMなどにおける歯周病関連の表現は複数あって分かりづらいが、歯周病はその名の通り、歯の周りの組織(歯周組織)に炎症が起こっている病気の総称。その中に歯肉炎と歯周炎がある。歯肉は歯茎のことで、歯肉炎は炎症が歯肉に留まっている状態を指し、病気が進行して歯を支えている骨(歯槽骨)にまで炎症が及んだ状態を歯周炎と呼ぶ。歯槽膿漏は歯周炎と同じ意味だが、学術的にはもう使われていない。
歯周病は、どのようにして起こるのか。歯周病の診断と治療を専門にする『きぬまつ歯科医院』(千葉市)の衣松高志院長はこう語る。
「歯磨きなどによって口の中が十分に掃除されていないと、口の中の細菌が食べかすなどを栄養源にして増え、白いネバネバとした物質(歯垢、プラーク)を作り出します。歯垢は歯の表面で増えていきますが、成長すると歯と歯茎の間(歯周ポケット)まで広がります。歯周ポケットはPg菌などの歯周病の原因菌が好む酸素の少ない環境である一方、人にとっては掃除が難しい部位であるため、放置するとさらに増殖し、炎症を引き起こすのです」
炎症が進むと歯槽骨まで溶けてしまい、歯を抜かないといけなくなってしまう。そんな最悪のケースが想定される一方、「歯周病の影響は口の中に留まらない」と取材した歯科医師は口々に話す。炎症によって破壊された歯肉から細菌が血液に入り込むことで、様々な病気の発症リスクを高めたり、病気の悪化を招いたりするというのだ。
★重い病気の発症リスクが2倍に
まず挙げられるのが、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞。歯周病菌が動脈硬化を促すことでこれらの病気にかかりやすくなると考えられており、東京大学の研究や日本臨床歯周病学会によると、歯周病の患者はそうでない人よりも心筋梗塞が起きる可能性が2倍に、脳梗塞の発症リスクが2.8倍に増えるという。
また、歯周病菌が持つ毒素などによって、血糖値を下げるホルモン(インスリン)への抵抗力が高まり、糖尿病が発症・悪化しやすくなると言われている。
さらに、歯周病にかかっている女性が妊娠すると、早産により低体重の子どもが生まれる可能性が高いとも指摘されている。歯周病菌が血中に乗って子宮内の組織や胎児に感染したり、歯周病の炎症によって生み出されたサイトカインと呼ばれるたんぱく質が子宮を刺激したりすることで、早産を促してしまうと考えられているのだ。これらに加えて、歯周病菌は誤嚥性肺炎の要因の1つに挙げられている。
こんな風に、全身にも様々な影響を与え得る歯周病だが、どうすれば予防と早期発見が可能なのか。
「丁寧な歯磨きを基本として、フロスや歯間ブラシも活用しながら口の中の細菌を増やさないようセルフケアを継続していくことが最も重要です。しかしながら、自分の力だけで歯垢を十分に落とすのは、私達歯科医師でも難しいことです。歯垢は歯磨きでも落ちますが、唾液や歯周ポケット内の体液が歯垢と共に固まり歯石と呼ばれる硬い状態になってしまうと、歯磨きでは取り除くことができません。ですから、セルフケアに加えて定期的に歯科医院で専門的なケアを行うことが大切です」(衣松院長)
★3〜6カ月に1度は検診を
衣松院長によれば、歯周病は自覚症状がないまま進行してしまうことが特徴で、「歯茎が腫れる」「歯がぐらつく」といった症状が出た場合には、歯槽骨が溶ける歯周炎の状態になっている可能性が高いという。
歯周病の診断は歯周ポケットの深さを測ったり、レントゲン撮影を行って骨の溶け具合を調べたりすることでなされるが、目安としては歯周ポケットが4ミリメートル以上であれば歯周炎に、6ミリメートル以上であればその重度になっている可能性が高いそうだ。歯周ポケットが5ミリメートルまでの中等度であれば、セルフケアの向上と歯科医院でのケアによって状態の悪化を防ぐことが可能だが、重度に移行してしまうと進行を抑えることが難しくなってしまうという。これらのことから、早めに見つけて対策を打つことの大切さが分かる。
衣松院長は「健康な人は半年に1度、歯周炎に移行している人は3、4カ月に1度のペースで定期検診を受けることを勧めます」と、アドバイスする。
歯周病の治療は、前述したように自分の口の状態に合ったセルフケアを継続しながら歯科医院で定期的に歯垢や歯石を取り除いてもらうことが基本だ。
その一方で、重度に移行してしまった場合には歯肉を切り開いて感染した歯肉や歯石を直接取り除く方法(フラップ手術)や、溶けてしまった骨を人工的に増やす方法(再生療法)も手立てとしてはある。しかし、「重度になってしまっても大丈夫」とはいかない。
「フラップ手術によって歯肉を開いて閉じると歯茎が下がって歯の根が露出し、虫歯になりやすくなってしまうケースがあります。また再生療法を効果的に行うにはある程度の骨が残っている必要があり、重度に移行してしまうと適応症例が非常に少なくなってしまうのです」(同)
そもそも重度に移行してしまうと進行抑制が難しくなってしまうというから、やはり早期の対策が重要であることに変わりはない。信頼できる歯科医院を見つけ、日頃から歯科医師や歯科衛生士に気になることを相談できる関係を築いていくことが大切だろう。
過去に約200人の歯科医師を取材した記者は、(1)よく話を聞いてくれる、(2)患者の口の状態や治療方法、ケアの方法を丁寧に説明してくれる、(3)患者の生活背景や気持ちも考慮して選択肢を提示してくれる―の3点を歯科医院選びのポイントに挙げる。
歯周病に限れば、日本歯周病学会が定める認定医や専門医、日本臨床歯周病学会が定める認定医や指導医を学会のホームページで探してもいいだろう。認定医よりも専門医や指導医のほうが認められるための条件が厳しく、その内容もホームページに掲載されているので参考にしてみてほしい。
歯科医師の発言や治療効果に疑問を持った場合は、別の歯科医師に相談してセカンドオピニオンを頼ることも、患者としては考えたいところだ。