会場に足を踏み入れると、正面に見慣れた4m四方のリングが現われる。この場合の“見慣れた”とは、地下プロレスにおける見慣れた光景を意味する。通常のプロレスのリングよりひと回り小さい地下プロレスのリングは、それだけ戦いの空間が制約され、必然的に逃げ場も少なくなることになる。また、ロープの代わりにチェーンが張られているのも特徴で、その無機質な冷たさが観客の想像力を否が応でも刺激し、これから目の前で行なわれる死闘のことを考えると自ずと血もたぎってくるというものだ。そして、すべての色を飲み込む真っ黒なキャンバス。その黒は、これから始まる“漆黒の闇の戦い”への誘いを、観客に暗示しているのだろうか? さらにリング上には、巨大なコンドルのオブジェが舞う。“小次郎”と名づけられたそのコンドルは、試合中も両目を赤く光らせ、首を上下させながら、戦いを上空から不気味に見守ることに…。こうした何から何まで規格外の常識の下で行なわれる地下プロレス。だからこそ観客はこのリングから発せられる強力な磁場に、思わず吸い寄せられてしまうのだ。
地下プロレスは対戦カードの事前発表がない。そのため観客は、入場テーマ曲が鳴り、選手が現われて初めてその日の対戦カードを知ることになる。最初のテーマ曲が鳴り、まず入場してきたのは“タックル将校”竹嶋健史と“足技の魔術師”小笠原和彦。この日、「IVANOV ROGOVSKI Jr.指名審判」と発表されていた小笠原が選手としてリングに上がったため、客席から大きなどよめきが起こる。続いて入場してきたのは、“ブラジル大車輪”ペドロ高石と“頭突き世界一”富豪2夢路。入場時、夢路は本部席にいた「IVANOV ROGOVSKI Jr.指名リングアナウンサー」“カナディアンタイガー”ブラック・トムキャットを一瞥してリングイン。はたしてこの行為が何を意味するものなのか? もし仮にブラック・トムキャットの正体があの男だとすると、この一瞥にも深く頷けるものがある。
リング上には小笠原と夢路が対峙し、小笠原の左のローから試合は始まった。グラウンドに持ち込もうとする夢路。だが、それをことごとくヒザや足でカットする小笠原。緊迫したシーンが何度も続く。ペドロとスイッチする夢路。同じく竹嶋とスイッチする小笠原。そして竹嶋からのタッチを受け、再び小笠原がリングに入ると“空手”対“カポエイラ”という異色の対決が実現。
この日の会場『ZEST』が売り物にするテックスメックス料理とは、国境沿いのアメリカ・テキサスとメキシコの料理が融合して生まれた料理のことで、まさにこの日の会場にふさわしい空手とカポエイラという異なる格闘技がいま歴史的な融合を果たす。こうしたカオスな闘いが観られるのも、地下プロレスならではのもの。
試合は夢路と竹嶋がエルボー、張り手とゴツゴツした闘いを展開し、夢路が強烈な頭突きを叩き込むと、竹嶋は思わずその場にばったり崩れ落ちた。すると夢路は容赦なく倒れた竹嶋を引きずり起こし、卍固め。11分18秒、激しすぎる試合は終わりを告げた。
続く第2試合。テーマ曲とともに入場して来たのは“求道妖怪”入道と“地下横綱”梅沢菊次郎の“カンパイ・ボーイズ”。そしてそれに続くのが“銀座の鉄人”三州ツバ吉と“格闘僧侶”日龍。三州と日龍が入場して来たのを見て、観客はこの試合が「日本阿吽選手権試合」であることを知る。三州の手には“阿の帯”が、日龍の手には“吽の帯”が握り締められる。4月18日『EXIT-37 HIGHEST』で第2代王者に輝き、その後も着々と防衛を重ねてきた三州&日龍だが、はたしてこのまま王者のまま年を越すことができるのか?
試合は王者としてのキャリアの違いか、三州と日龍が素早いタッチを繰り返し、試合を有利に進めていく。途中、三州と梅沢の蹴りとチョップの攻防が客席を沸かせる。だが、梅沢のなぎ倒すようなラリアットを受け、三州がカウント9のダウンを喰らう。その後も、三州のハイキックとヒザ蹴りで入道がダウンする、三州の蹴りで梅沢がダウンするといった具合に、息詰まる攻防が繰り返される。そうした中、梅沢が三州にヘッドバット、アルゼンチンバックブリーカー、カナディアンバックブリーカーと必殺技のフルコースをたたみかけ、とどめに逆エビ固めで三州からギブアップを奪った。その瞬間、12分18秒の激闘は幕を下ろし、新しい王者が誕生した。
勝負を決めた梅沢には“吽の帯”より優位とされる“阿の帯”が、そして入道には“吽の帯”が手渡された。それらの帯を腰に巻き、互いの額をぶつけ合いカンパイのポーズを取る新王者。この“阿吽の帯”は単なるタッグ王者の証ではない。時にはタッグチーム同士で雌雄を決し、その勝者には“阿の帯”が、敗者には“吽の帯”が渡される。つまりタッグ王者であると同時に、常に二人の間に強さの序列が引かれることになる。ただ対戦相手に勝つだけでなく、味方にも“勝たなければならない”熾烈な生存競争の証が“阿吽の帯”なのだ。2011年の地下の主導権を握った梅沢と入道がはたしてどういったアクションを起こしていくのか? ますます地下プロレスから目が離せなくなってきた。
(印束義則)
地下プロレス『EXIT』公式サイト
http://www7.plala.or.jp/EXIT/
梶原劇画で伝承された「地下プロレス」が、この日本に存在した! 闇の闘いを伝える『EXIT』とは何か!?
http://npn.co.jp/article/detail/97320773/