1982年に37歳で早世したドイツの鬼才監督、R・W・ファスビンダーの処女長篇映画は『愛は死より冷酷』というタイトルだったが、本作で描かれる「愛」の凄まじさは死より深刻にして残酷なものに違いない。
私事で恐縮ながら先月に亡くしたばかりの母が、よく昔のテレビで流れていた某CMのナレーション“妻として、母として、女として…”云々の台詞をひたすら忌み嫌っていたのを、読後、思わず想起してしまった。「んなもなァ、ガタガタ言わずともみんな一緒なんだよ」と、よく呟いていたっけ。女の嫉妬と怨念をモチーフに据えるのは『東海道四谷怪談』以来の伝統にせよ、クライマックスに向かうにつれて瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』や、すっかりモダンホラー映画の古典と化した往年の『オーメン』を連想させる要素までてんこ盛りに味付けされて、怒涛の展開に一気読み必至だ。
わが子への愛しさ募るあまりについてしまったほんのささやかな嘘、気まぐれな遊戯にすぎない筈の行為が、予想だにせぬ黒い種子を蒔く破目になり、あれよあれよと成長してゆく…この小説では「世界の車窓から」ならぬ「トカゲの尻尾から」、ぱっくりと口を開けて待ち構える悪夢に導かれる登場人物たち。
情念が物質化するグロテスク、暴走する無理筋。まさにご婦人と理不尽は紙一重を地で行く物語にグイグイ引き込まれつつも正直うんざりさせられるのもまた一興。程度の差はあれ、ストーカーに悩まされた経験のある人間なら恐怖感はより一層増すこと請け合い。
世に云う“Jホラー”の歴史に今後、『貞子』を上回る強烈で濃厚な印象を「美雪」の二文字が刻むことになるだろう…でもここまで愛されればやはり男冥利に尽きるか? 否否否!
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
長州力が6月26日に引退する。『証言 長州力「革命戦士」の虚と実』(宝島社/1700円+税)は、長州に関わったレスラー、フロント関係者、レフェリーらが語ったインタビュー集である。
だが、そもそも長州の引退は、今回が2度目だ。そこに、いきなりツッコミを入れるのが前田日明。「長州さんが『プロレスラーは何度引退してもいいんだよ』って」
前田が試合中、長州の背後から顔面に蹴りを見舞い重症を負わせた、プロレス史上に残る事件が起きたのは1987年。現在はすでに和解しているというが、長年両者の間には確執があったことで知られていた。
そう、このインタビュー集は長州に対して“腹に一物”を持った人間を選んで行われている。藤原喜明、キラー・カーン、谷津嘉章、大仁田厚、そして、週刊プロレス元編集長のターザン山本。さらに、長州と蜜月関係にありながら袂を分かった人々。したがって、否定的意見や、あからさまな悪口も少なくない。
印象深いのは2004年、長州が新日本へ2度目の“出戻り”を果たした時期の関係者たちの証言だ。
「新日本の選手全員が長州力を嫌いだった」
この本の根底には、“嫌われ者”長州力の姿がある。しかも、本には書けない、もっと辛辣な本音が隠されていると感じる。我々が知らない真の実像は依然としてベールに包まれたまま、長州はリングを去ろうとしている。
稀代のレスラーには、そのほうが相応しいのかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)