貴ノ富士がああなってしまったのは「相撲界の付き人制という特殊な環境が悪い」という意見もあるみたいだけど、俺は制度そのものは悪くないと思う。
まぁ、20歳そこそこのあんちゃんが、関取ということで付き人がついて、ちやほやされたら勘違いしちゃうこともある。付き人は先輩の素行が悪い所を見てるから、内心は「なんだこいつ」って思ってることも多い。そういう人間関係をコントロールするには、ある意味で力を見せないと…という流れもあったと思う。
要は、どちらも人間ができあがってないのが問題で、それを親方なり、先輩がちゃんと教育しなくちゃいけないんだよ。
昔だったら、素行の悪い関取を先輩や親方がしょっちゅう喰らわしてたんだよ。関取のほうも、付き人を殴ろうが、酒飲んで女遊びしようが、相撲が強けりゃ問題ないっていう価値観があったけど、今は全部を見られるからそうもいかない。
プロレス界も似た環境だと思うかもしれないけど、俺らの世代では先輩から理不尽に殴られるようなことはほとんどなかった。俺も付き人を殴ったことはない。俺は個人的に体罰が嫌いだし、そもそも暴力で人は動かないと思ってるしな。
少なくとも、俺が新人だった頃の新日本プロレスは体罰で育ててない。ただ、俺以降の世代で後輩に対して体罰をやっている奴がいたんだよ。ということは、制度の問題じゃない。やっぱり、体罰をやるのはその人間が元から持ってる“資質”なんだろうね。
俺は新弟子の頃に、猪木さんの付き人を2年半やらせてもらった。ミスが許されないから常に緊張してたけど、多くのことを学ばせてもらった貴重な経験だったと思ってる。
ちなみに俺の場合は、メインイベンターになったくらいから、元小結だったヤス(安田忠夫)が付き人としてついてくれたけど、黒に転向するときに外した。年齢的に、俺とヤスは同級生。それに相撲時代に小結までいった人間を、プロレス業界では新弟子だからって付き人として使うのは、俺の中でやりにくかった。
俺は外してしまったが、付き人をやると勉強になることは多い。気配りもできるようになるし、「自分の立場を理解する」という社会人として絶対に必要な感性を学べる。
最近は欧米型というか、上下関係をなくしたフラットな関係性が賞賛される風潮があるけど、みんなが横一線でやりはじめたら、仕事はうまくいかないよ。
例えば、商談時にサポート役として同席してるのに、話に割り込んで前に出ちゃう人がいる。付き人関係が分かっている人間なら、そんなことはしない。サッカーで点を取らないやつは、最前線に行ってもシュートを決められないんだから、だったらパスを回す位置にいけ、と。要は“ポジション取り”だな。これは、付き人を経験すれば必ず学べる。
こういうことは学校じゃ教えてくれないから、付き人までいかなくても、先輩・後輩の関係性から自分で学んでいくしかないのかもしれないな。
********************************************
蝶野正洋
1963年シアトル生まれ。1984年に新日本プロレスに入団。トップレスラーとして活躍し、2010年に退団。現在はリング以外にもテレビ、イベントなど、多方面で活躍。『ガキの使い大晦日スペシャル』では欠かせない存在。