哲夫はかねてより文学好きで、三島由紀夫作品を始め、多くの小説を読んでいるという。過去には漫才のM1グランプリで頂点を極めた笑い飯。お笑いと小説との違いや執筆に至った経緯についてインタビューを敢行した。
――まずは、出版おめでとうございます。
哲夫:いやいや、もうね、恥ずかしくてしゃあないんですよ。ありがとうございます。あー、恥ずかしい。『銀色の青』なんて、かっこええタイトルつけて。いや、恥ずかしいです。
――2011年には、エロ小説「花びらに寄る性記」を出版されていますが、一般向けの本格小説としては今回が初。執筆にはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
哲夫:今回出版させてもらったサンマーク出版さんから、前に仏教についての本を出してまして。その出版社の方に僕が「こんなん書いてるんですよ」と小説を見せたら、「うちでも書いてくださいよ」といわれたのがきっかけです。
エロ小説は男子中高生向けに書いたんですけど、まあ、男子中高生は活字なんて読まへんのですよね。僕も中高生時代、本なんてほとんど読んでませんでしたし。本を読む層っていったら、やっぱり20代以降の会社員とかOLさん。だったら、そこの層の人たちに届く内容がええなと思って。
男性やったら、「ああ、こんなことあったなあ」って思う部分があるでしょうし、女性には「あの頃、教室におった男子ってこんなん考えてたんかなあ」と思ってもらえるんやないかと思います。
――小説を出版されるお笑い芸人さんは多くいらっしゃいますが、「自分も」と思う気持ちがあったのでしょうか。
哲夫:自分の名前で小説を出版したいという気持ちはそんなに強くなかったですね。今回も、これ別に僕の名前出さんでもええんちゃうん、と思ってますし。だって恥ずかしいやないですか。
――「こんなこと考えているんだ」と読者に思われることがですか?芸人仲間に読まれることがでしょうか。
哲夫:どっちもですね。もうね、この小説は過去のパクリなんです。全部パクリ。三島由紀夫も入ってるし、僕が読んできたいろんな小説がみんな入ってる。きっと、「これ、パクリちゃうん?」って思う人もおると思うんですよ。
だから、先に「パクリです」と言っとこうと思いまして。だけど、読む人はそう思ってくれへんやないですか。「へー、哲夫ってこんなこと思ってんねやあ」って思われるでしょ。それが恥ずかしい。
僕は芸人ですから、お笑いに振り切ってるんやったらええんですよ。だから、中身にはちょいちょい笑い要素も入れましたけど、この表紙。タイトル。笑い要素ないやん!
――「恥ずかしい」の連呼ですね(笑)
哲夫:たとえばですよ、お風呂で気持ちよう歌ってるのをオカンに聞かれるのって恥ずかしいと思うんですけど、その歌が誰か歌手の歌なのと、オリジナルの歌やったら、どっちが恥ずかしいかってことですよね。フィクション小説はそういう恥ずかしさがある。
――自分の考えていることが丸裸になる恥ずかしさというか。
哲夫:それ。いや、うまいこと言いますね、「お風呂」だけに「丸裸」。ほんま、それなんですよ。だから、「パクリですぅ」って言ってます。パクリです。
でもね、こう思えるようになったのは40歳過ぎてからなんですよ。それまでは、0から1を作り出すことこそが至上だったんです。それができるとも思ってましたし。でも、今は過去の蓄積から創り出すことをよしと思える。小説の執筆は、そういう意味での節目でもありましたね。
好きやったらどんどん過去のものも辿って触れますからね。だから、これは頭の中の本棚を抽出して書いた小説やと思ってます。
――主人公にご自身を投影していますか?
哲夫:全然してません。これも、ある小説家の方が「主人公に自分を投影しない」って言ってたパクリですね。
――相方の西田さんは、今回の出版についてご存知なのでしょうか。
哲夫:いや、何にも話してません。笑い飯は、自分だけの活動の話を相方にはしないコンビなんですよ。最近は相方の個人活動をPRする人もおりますし、それはそれで微笑ましいなあと思うんですけど、僕らは全然。向こうにされても嫌ですし、西田さんも僕が応援したら「気持ち悪っ!」って言うと思いますよ。
やっぱり、相方って負けたくないような気持ちもありますし、ただの仲良しこよしじゃないんですよね。
――作品を読むこともなさそうですか?
哲夫:絶対読まへんでしょうね。今までのも読んでないと思いますよ。
――お笑いと小説執筆とのスタンスの違いや、今後の活動の軸の変化はあるのでしょうか。
哲夫:僕としては「ものを作る」ってところで、何も変わりはないんですよね。お笑いであっても、ふたり漫才なんか、ひとり芸なんか、大喜利なんかによって形は変わるわけですけど、根っこの部分は一緒というか。
僕がお笑い芸人を目指そうと思ったのは、よくある「目立ちたい」なんですけど、ただ目立ちたいだけやなくて、人を喜ばせることをしたいんですよね。子どもに感動を与えたい気持ちもあります。僕が与えてもらった恩返しをしたいというか。
あとは、それをお笑いやったり小説やったり、どういう形で世に出すかだと思うんで。主軸を小説に置くだとか、そういうことはないですね。
――はじめに、以前のエロ小説は男子中高生向けに書いたとおっしゃいました。今回の『銀色の青』は、どのような人に読んでもらいたいですか?
哲夫:20代以降の読書をする層が楽しんで読んでくれるものを書いたつもりですが、できればこの小説が話題になって、若い子にも届いたらええなと思ってます。そんで、そこから遡ってエロ小説も読んでもらえたら吉本が喜びます(笑)
僕はビブリアバトルの審査員をやらせてもらうことがあるんですが、できたらこの場に『銀色の青』を持って出場してくれる高校生や大学生が出てきたらええなあ。小説が若い子の指針のひとつになれたら、嬉しいですね。
(インタビュー終わり)
『銀色の青』は、「笑い要素を入れた」と話していたように、登場人物たちが言い合うジョークもありながらも、描かれている10代の少年の心の機微にのめり込むような内容。苦いような、苦しいような、あの頃の感情を思い出す人が多いのではないだろうか。読書の秋はまだ始まったばかり。ぜひ読んでみてほしい。
取材・文・写真/卯岡若菜