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西田隆維のマラソン見聞録 第7話「無駄のない走り方」

 今の季節、天気予報を見ていて必ず出てくるのが「熱中症情報」。最近では気温35度を超える日は、「運動を控える」という警報が気象庁から発令されるほど、身近な症例になっている。

 ところが、市民ランナーはというと「夏こそ走り込みの季節」とばかり、気温30度を超える炎天下の中でも汗だくになり、激走している。
 果たしてそれは正しいのであろうか−−。

 熱中症を例えにするならば、確かに猛暑の中、気分を害して倒れるケースはままある。が、夏を越し、ようやく涼しく、凌ぎ易い季節になった時、夏の疲れが出て昏倒。死に至らしめるケースも起こるものだ。
 要はこの暑い時期、無理して走ったところで、いつかはその“ツケ”が現れる。それが市民ランナーにとってオンシーズンである秋から冬にかけて現れたら、彼らはどうするのであろうか。間違いなく、「疲労」という認識は無く「調子が悪い」と考え、さらにキツイ練習を課すだろう。結果、故障につながり、今シーズン棒にする…。

 ランニング雑誌や(市民ランナーを指導する)ランニングクラブが、根拠のない夏の走り込みを推奨するばかりに、その影響を受けた市民ランナーが勘違いして「無駄な激走」を好んで実践するようになったと感じる。
 7〜8月の時期、ランニング雑誌、ランニングクラブの合言葉は「合宿」。実業団選手が6月頃から9月若しくは10月頃まで長期遠征に出る事から、市民ランナーの間でも「夏は合宿」が合言葉になったのかは分からないが、市民ランナーの合宿と実業団のそれとは「天と地ほど異なる」と僕は思う。

 市民ランナーの合宿は「クロスカントリーコースを使って3日で60キロ走破」「朝、昼、夜の3部練習で1日50キロ目標」…このようなメニューだと聞く。僕に言わせれば、「単に漠然と走っているだけ。距離を踏む(走る)事で満足しているマスターベーション」。「指導者は本当に長距離の事を勉強しているのか」と疑いたくなる。

 実業団選手の合宿は選手個々の種目に応じて練習メニューが異なるモノだ。トラック(5000メートル、1万メートル、障害)がメーンの選手は長い距離は走らず、夏の間に開催されているトラック大会にベースを置く練習。マラソン選手は秋、冬の国際大会に向けて夏は土台作り。(1)刺激走(スピード練習)は重要視せず、長い距離をややゆっくりめで走る練習であったり(2)(距離を踏まず)短い距離を速めで走る練習であったり…と、人によって練習方法が違っている。
 僕はというと、夏は全く走れないので大学の時はBかCチームに合流して自分のペースでの調整。社会人時代は、これまでに溜まった疲労を抜き、一度リセットさせる事を主眼に置いて走っていた。

 実業団選手ですら、このように様々な調整をおこなっているというのに、市民ランナーはこれまでと同様(つまり365日同じ練習という事)かそれ以上のキツイ練習を実践している。これでは疲労が溜まるばかりだ。お気の毒にも、詰め込む練習しかしていない市民ランナーはごく稀に「疲労」を感じる(大半の人は前述のとおり「調子が悪い」と思っている)人はいるが、それを「抜く」作業は行わない…いや、「疲労の抜き方が分からない」のである。
 結果、本来状態が上がってくる秋冬シーズンであっても、今一つ記録が付いてこない、という現象に陥る。これは、蓄積疲労が原因なのだが、残念なことに指導者が原因を理解していない事が多く、ランナーはオーバーワークになり、最悪は潰れてしまう…。

 ランニング雑誌やランニングクラブは読者、会員が金銭を払って購読若しくは参加するので、夏の猛暑時であっても「走り」を目玉に持ってくるのであろう。
 だが、これはおかしい。夏は市民ランナーにとって休養の時期。「夏をしっかり休んだ人が秋にベストパフォーマンスが出来る」を前面に掲げる雑誌、クラブが“本物の”市民ランナー育成につながるのではなかろうか。

 僕の1つ先輩・藤田敦史さんは今年2月に『別府大分毎日マラソン』を2時間12分26秒で完走した後、十分休養し、7月の『札幌国際ハーフマラソン』に挑んだ。記録は1時間5分13秒という平凡なものであったが、敦史さんの大会参加課題は「マラソン後、十分な休養が取れていたかどうかの確認」。マラソンから4カ月も経ったのに、である。
 あくまで私見だが、1時間5分台の記録であると、「まだ疲れが抜けきっていなかったな。後、1週間休養してもよかったかも」と思った。当然、敦史さんも省みている筈だ。
 人は加齢と共に疲労回復には日数を要す様になる。敦史さんは、その事を把握し、今夏は秋、冬シーズンに向けて最高のパフォーマンスを披露出来る様、調整に余念がないだろう。

 「無駄のない走り方」−−ベストパフォーマンスをするには至極当たり前の事だが、多くのランナーと指導者がその当たり前のことに気づいていない。何とも嘆かわしい話である。

写真:09年、現役を辞めた直後(横の女性は北川弘美さん 雑誌「エンジョイランニングVOL.1」より)

<プロフィール>
西田隆維【にしだ たかゆき】1977年4月26日生 180センチ 60.5キロ
陸上超距離選手として駒澤大→エスビー食品→JALグランドサービスで活躍。駒大時代は4年連続「箱根駅伝」に出場、4年時の00年には9区で区間新を樹立。駒大初優勝に大きく貢献する。01年、別府大分毎日マラソンで優勝、同年開催された『エドモントン世界陸上』日本代表に選出される(結果は9位)。09年2月、現役を引退、俳優に転向する。

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