監督/浜野佐知
出演/吉行和子、菜葉菜、寛一郎、大方日斐紗子、佐藤浩市ほか
吉行和子といえば、現在八十路半ばでもお達者で、芸歴50年以上の息の長い女優として知られる。代表作は毎日映画コンクール助演女優賞に輝いた『にあんちゃん』(59年)、大島渚監督作で全裸も辞さずの熱演を披露した物議な『愛の亡霊』(78年)など。美貌もそうだが、何と言ってもあの声が艶っぽかった。そんな彼女が「もう齢だから年寄りの役でいいけど、どうせなら胸がざわつくような年寄りを演じたい」ということで、実現したのがこの新作だ。
学生時代を過ごした地方都市に出張で訪れた薫(寛一郎)は、20年前に下宿していた月光荘の大家・雪子さん(吉行和子)が熱中症で孤独死していたことを知る。彼は大学3年の夏、雪子さんと下宿人の小野田さん(菜葉菜)の過剰な好意と親切に窒息しそうになった日々のことを思い出す…。
監督は、ピンク映画を400本以上撮った七十路の浜野佐知で、一般映画でも、やはり吉行が出ている『百合祭』(01年)などユニークな老女映画を撮り続けており、今回もうってつけ。八十路、七十路のシルバー・ウーマン・パワーが炸裂し、“鬼ババかお人好し”という老女映画の悪しきパターンを打ち壊している。
まだ青い学生くんが、知性と教養を感じさせる女性大家と、不思議ちゃん的な若い下宿人女性によるごちそう攻めとポチ袋に入れたお小遣い攻勢にタジタジ。まあ“孫ごっこ”で甘えていればオイシイかな、という打算も考えるが、この真綿で首を絞められている不気味さは、逃げ出したくなるほどだ…そんなスリラー仕立ても醸し出しつつ、あくまで心に闇を抱える女性の人間ドラマとして成り立っている。一種の“疑似家族”映画とも言えるだろう。
見事な白髪がプラチナブロンドにも映る吉行大姐御が、“フケ専”ならずともセクシーと感じる。あの艶っぽい声も健在、声はあまり齢を取らない、というのは本当だ。特に彼女のような声は!
映画のハイライトはクライマックス、薫が雪子さんの足の爪を切るシーンだろう。これは原作にはなく、ある意味ファンタジーとなり、「足の爪を切ってもらうってこんなに恥ずかしいことだったのね」と漏らす吉行=雪子さんがチャーミングで、エロスを感じる。このあたりピンクで“濡れ場”を撮り続けてきた浜野監督ならではのセンス。「今後もハチャメチャで、色っぽくて、強いバーサン映画を吉行さんと作りたい」という監督の意気やヨシ。
(映画評論家・秋本鉄次)