心臓にできると心筋梗塞、脳なら脳梗塞、肺にできると肺梗塞、下肢にできると下肢静脈血栓症(エコノミークラス症候群)などと呼ばれるが、手当てが遅れると突然死を招きかねない恐ろしい疾病だけに、しっかりとした対策が必要だ。
「これから徐々に日差しが暑くなってきますが、今年のように春先から“夏日が多い”場合、用心が急がれます。暑さが続くと、『倦怠感』『めまい』『頭痛』『ふらつき』『痺れ』などを感じます。時には熱中症を疑ってしまうような人も多くなります。しかし、実は血栓症だったと言う人も少なくない。専門機関の調査では、脳梗塞患者が最も多かったのは6月〜8月ということですから、まさにこれからという時期。最も気を付けなければなりません」
こう語るのは、東京都多摩総合医療センター血液内科、坂下陽医師だ。
国立循環器病センターによるデータでは、’08年〜’13年の6年間の脳梗塞患者の発生件数は3〜5月(961件)、9月〜11月(917件)、12月〜2月(966件)に対して6月〜8月(1004件)が1番多かった。
「これらのうち、65歳以上の脳梗塞患者2万1000人以上を調べた台湾の医療機関の研究によると、平均気温が32度を超えると27〜29度のときに比べ脳梗塞の死亡率が1・66倍に増えるということが報告されています」(坂下医師)
そもそも血栓はどうして作られるのだろうか?
「正常な血管では、血管内での血は固まりません。ケガをした際に血管から血液が出て初めて固まります。ところが、血栓ができやすい血管は、主に3つの問題点があるといわれています。血管壁の状態が悪い、血流の流れが悪い(うっ血)、血液成分が変わることの3つです」(同)
血栓は、動脈だけでなく、静脈にもできることがある。脚の静脈に血栓ができると、血流が妨げられ、脚に血液がたまる(深部静脈血栓症)。また、脚の静脈の血栓は、何らかの拍子に血管の壁から剥がれることがある。剥がれた血栓は血流に乗って心臓に運ばれ、さらに肺に入って血管をつまらせることがある(肺梗塞症)。
「ここに米国心臓学会の報告がありますが、それによると、米国では5分に1人が深部静脈血栓症や肺梗塞症によって死亡しているといいます。さらに心臓病の中でできた血栓は、血液を通して脳へ運ばれ、脳動脈を詰まらせ脳梗塞を引き起こす『心原性脳梗塞』を突然発症します。麻痺や意識障害を起こし、死に至る場合もある危険な病気です」
こう語るのは、日本血栓症協会の関係医師だ。さらに続けて、次のように説明してくれた。
「特に60歳以上の人に発症しやすく、心房細動(脈拍が不規則に乱れる不整脈)などの心疾患により不整脈が起こると、心臓の働きが悪くなり、血流が澱み、心臓内の血液が固まって血栓ができやすくなる。健康で若々しい血管は、ゴムのようにしなやかでその内側もすべすべしています。ところが、血管が老化すると脆くなり、内側がベタベタしてくる。そのため老化した血管では血液中の悪玉コレステロールなどが血管壁にとりつき、その中に侵入しようとするため、それを排除しようと白血球の仲間たちが集まってきます。しかし、白血球たちは悪玉コレステロールなどを食べ尽くすと死んでしまいます。その死骸と残ったコレステロールがプラークとなり、それが何らかの刺激で破れると、その傷を修復するため血小板が集まってきて瘡蓋を作る。これが血栓です」
ちなみに健康な血管は、出血が収まると傷口周辺の内皮細胞が増殖して血管壁は修復される。
その後は血液中のプラスミンという物質などの働きで、血栓は溶かされ、跡形もなくなる。
★夏場のダイエットも危険!?
「しかしながら動脈硬化や老化が進んだ血管は、こうしたシステムが上手くいきません。結局、血液が澱むことで血栓ができることもあって、その代表が前述したように心房細胞です。この病気は脳梗塞(脳塞栓)などを引き起こしやすいことで知られており、それは心臓が震えるだけで血液を外に出せないからです。血液同士がぶつかり血栓ができてしまうのです」(同)
脳卒中などの研究を進める医学博士・内浦尚之氏は、こうも説明する。
「若い人でもコレステロールや中性脂肪の高い人は血液の流れが悪くなります。そうなると血流に澱みが起こり、血栓症に繋がります。血栓は動脈より静脈に多い。飛行機内などで同じ姿勢で座っていると発生する下肢静脈血栓症は、血液が心臓から吐き出される動脈よりも、心臓に戻る静脈のほうがゆっくりしているからです。また、血液成分のほとんどは水分。夏に大量の汗をかいた後に、利尿作用もあるビールや度数の強いお酒ばかり飲んでいる人は、血液が固まりやすい成分に変わってしまう。そのため、突然、右手や右脚の動作が効かなくなることがあり、“一過性の脳梗塞”といわれる。これは数分後にもとの状態に戻ってしまうため、『何でもない! 大丈夫』と言う人が多いが、放って置いては危検なのです」
同様の体験をした場合、「どうしてその状態になったのか」を知る必要がある。2度目、3度目を体験した人は、次に本格的な「脳梗塞症」に見舞われる可能性が高いためだ。医療施設などでしっかりとした検査や治療が必要だという。
医療ジャーナリストの深見幸成氏は、こう語る。
「夏場にダイエットする人も注意が必要です。人間は1日に1〜2㍑程度の飲み水が理想といわれます。それ以外に食べ物からも摂ったりしていて、ダイエットで食べない人はその分、水分を摂らなければなりません。人間の血液凝固能力は日々変動がある。よく言われるのが、長時間寝たあとの早朝に一番血液が固まりやすいこと。また、砂糖や肉を過食したり、激しい運動をした後に血栓ができやすいことが分かっている。薬もピルやステロイドを使用している人は、特に注意が必要です」
ある日、突然、喋ろうとしてもろれつが回らない、片方の手足の力が入らない、などの症状を自覚したら、直ちに医療機関で適切な治療を受けるべきだ。