世界保健機構(WHO)の基準によると、低血圧とは安静時の収縮期血圧(上の血圧)が100mmHg以下、拡張期血圧(下の血圧)60mmHg以下と定義されている。ただ、その基準は医師により意見が異なる。
東京都健康長寿医療センター・桑島孝雄顧問はこう説明する。
「よく勘違いされるのですが、血圧の数値が単に低いだけでは病気ではありません。普通は加齢に伴い動脈硬化が進み、血圧の数値は高くなりますが、一部の人は低いままです。普通、そのままでも支障はないのですが、低血圧が病気として大きな問題になるのは、自覚症状が出たときです」
低血圧の自覚症状は、「肩こり」「動悸」「胸痛」「倦怠感」「めまい」「立ちくらみ」「頭痛」「食欲不振」「朝起きられない」「午前中不調」などがある。
これらの症状は貧血、自律神経失調症、うつ病などと症状が似ている。だが、原因は別物。誤解されやすいので「それが怖い」と医療関係者は言う。
例えば、慢性的な低血圧をうつ病と間違えて抗うつ剤を処方されると、薬の副作用で血圧が下がり、症状が悪化し、さらに強めの抗うつ剤が処方されるという悪環境に陥る。
「低血圧になると血液が血管内に滞留します。すると、血液中に含まれる老廃物が血管を取り囲む神経を刺激し、発痛物質を生成します。頭痛や腰痛、線維筋痛症などの症状が出やすくなる。さらには生活習慣病を抱える人は、脳梗塞や心筋梗塞、心不全になりやすいと言われます。また、認知症や意識障害などの脳症状が出ることもあります」(同)
では、このように怖い低血圧は、なぜ暑い季節に多く起こるのか。
「そもそも血圧は、心臓がポンプとして1回の拍動で送り出す血液量と抹消血管抵抗の積で決まります。低血圧の原因は心臓が送り出す血液量が少ないか、その両方か、あるいは抹消血管の抵抗が低いのか、などです。夏は体温を下げる皮膚下の抹消血管を拡大して汗を作ります。そのため、脱水傾向も重なり、血液量・血流が減り、心臓が動脈に送り出す心拍量も減る。夏の血圧は冬に比べて5〜10mmHg以上も下がるのです」(同)
ところで、低血圧の弊害については海外でも真剣に議論されており、こんな報告がある。
イギリスの研究グループは、高血圧治療薬を投与した実薬グループ8700人、偽薬(効き目のない偽物の薬)を投与したグループ8654人を対象に、5年間の期間をかけた大規模調査を発表した。
注目されたのは死亡者の数だ。総死亡率は実薬グループと偽薬グループで違いが見られなかった。つまり、「薬で血圧を下げても長生きしない」という結論が出たのである。
高血圧症によって引き起こされる代表的な病気は、脳卒中と心臓病。同研究では、総死亡者のうち脳卒中と心筋梗塞による死亡者数もカウントされているが、脳卒中については死亡率に差がなかった。しかし、心筋梗塞による死者数では、実薬グループ106人、偽薬グループ97人と、薬を飲んだグループのほうが逆に増えてしまったのだ。
理由としては、「高血圧薬の副作用」などが挙げられている。薬の服用の一番の目的は長生きすることにあるのに、薬を飲んでも寿命が延びない、むしろ病気のリスクを高めてしまうのであれば、全く意味がない。