この事件をモチーフに作家・武田泰淳が小説『ひかりごけ』を執筆したことから、「ひかりごけ事件」と呼ばれるようになった。
陰惨な食人事件が起きたペキンノ鼻近くの相泊港に宿をとると、宿の主人が面白い話を聞かせてくれた。
「あの船長さ、死んだ人間を食ったことになっとるけどな、本当は違うんだ。事件の直後、番屋に行った連中に、俺の爺さんが聞いたんだ」
確かに竜吉の裁判では、すでに死んだ肉を食ったのか、殺して食ったのかが争点になった記録はない。
「例の船長が過ごした番屋な。壁一面に血がベッタリついていたそうだ。ドバーッと吹き出したようにな。死んだ人間を刺して、そんなに血が吹き出るか? おかしいだろ」
文献によれば、竜吉は生涯、船員たちの冥福を祈り続け、何度もこのペキンノ鼻を訪れようとしたという。しかし望みは叶わず、この世を去ったという。