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食人事件の舞台となった「ペキンノ鼻」は_今北海道羅臼町

 1943年の真冬、日本陸軍の徴用船「第五清進丸」が大シケに遭い難破。船から脱出した船長の山田竜吉(仮名)は知床半島の先端部ペキンノ鼻の番屋で約2カ月を過ごす。生きのびるため、彼は船員の屍に刃を突きさした。死体損壊罪で起訴された竜吉には1年の実刑判決が下され、出所後は事件について固く口を閉ざしたまま1989年に生涯を閉じた。

 この事件をモチーフに作家・武田泰淳が小説『ひかりごけ』を執筆したことから、「ひかりごけ事件」と呼ばれるようになった。

 陰惨な食人事件が起きたペキンノ鼻近くの相泊港に宿をとると、宿の主人が面白い話を聞かせてくれた。

「あの船長さ、死んだ人間を食ったことになっとるけどな、本当は違うんだ。事件の直後、番屋に行った連中に、俺の爺さんが聞いたんだ」

 確かに竜吉の裁判では、すでに死んだ肉を食ったのか、殺して食ったのかが争点になった記録はない。

「例の船長が過ごした番屋な。壁一面に血がベッタリついていたそうだ。ドバーッと吹き出したようにな。死んだ人間を刺して、そんなに血が吹き出るか? おかしいだろ」

 文献によれば、竜吉は生涯、船員たちの冥福を祈り続け、何度もこのペキンノ鼻を訪れようとしたという。しかし望みは叶わず、この世を去ったという。

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