『帝国の陰謀』 蓮實重彥 ちくま学芸文庫 1000円(本体価格)
★権力奪取の計画と第二帝政の幕明け
本書を読了して思わず、大作『柳生武藝帳』で知られる五味康祐の短編『村越三十郎の鎧』を連想してしまった。
村越三十郎とは何者か分かるかと聞かれ、「知らん」と答えた谷崎潤一郎に向かって、その親友が「明智光秀が竹槍で刺されたとき、ちょうど一歩前を通り過ぎた男だ。ぼくも歴史に名が残るなら、村越みたいな伝えられ方がいい」と語ったという…まあ絶妙にそそるエピソードで始まる導入部だったのだが、三十郎を「意識せず」「歴史の変わり目に」「立ち合って、思いも寄らぬ役割を果たした」人物とするならば、本書におけるド・モルニーこそピタリと当てはまるだろう。
成人男性のおよそ4割は日常会話でつい使用した経験があると推定される、“歴史は繰り返す。最初は悲劇として、二度目は喜劇として”。マルクスが1851年のクーデターによって出現したフランス第二帝政を論じた「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」冒頭の文章から発展してすっかり常套句と化したこの台詞、世界史の教科書通りの記憶なら、あくまで権力奪取の主役はナポレオン三世だったはずだが、著者の筆致によって優雅で洗練された胡散臭さに満ちた異父弟、ド・モルニー公爵のほうこそミステリでいう意外な真犯人気味に浮かび上がってくる過程が実にスリリングだ。
内務大臣をはじめ要職を歴任しながら、公務の合間を縫ってペンネームで執筆したのが荘重なオペラではなくごく軽快な喜歌劇だったというのも興が深いが、一見、他愛ないコント風のやりとりにかつてのクーデターの手口がほの見えてくる件りはやや背筋が寒くなる。してみれば自身の犯行を再現して観衆に手の内を明かしていたわけか。やはり悪趣味。
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
頭の体操にちょうどいいだろうと考え、手にしてみたが、どっこい難問ぞろいの1冊が、『超超超超超超超超超超超超超超超超超超 むずかしすぎる まちがいさがし』(ワニブックス/税込755円)。なんと「超」が18個も付いたタイトルの本だ。
「まちがいさがし」は、ほとんど同じ2枚の絵などを見比べ異なる箇所を見つけ出す、集中力や根気を試すゲーム。たいていは数十秒ほど絵を見れば分かるものが多いが、この本は本当に難しく、見つからない。
音を上げて答えを読むと、描かれた人物の髪の毛の長さが微妙に違っていたり、手の指と指の間が少しだけ広かったり…とのご解答。全部で約40問出題されているが、5問ほど考えただけで頭がほとほと疲れ果ててしまう有様だ。
もともとはスマホ用の脳トレアプリだったというが、オトナたちに「オモシロイ」と人気を博したため書籍化。スマホ画面より大きい本で見たほうが、より一層楽しめるらしい。
そして気付くのは、オヤジは事物を見ているようで、実は注意力が極めて散漫ということ。そりゃ、そうである。世の中は妻が髪を切ったことにも気付かない亭主ばかりなのだから、ちょっとした変化を察知するなど、至難の技といっていい。では、注意力を高めるにはどうしたらいいか、そのヒントもこの本にはぎっしり詰まっている。
子供からオヤジまで、読めば夢中になり、かつ心地よい疲れを感じ、夜はぐっすりと眠れること請け合いだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)