植草は、1982年に結成した少年隊のメンバーとして1985年のシングル『仮面舞踏会』でデビュー。またたく間にトップアイドルへと成長し、お茶目なキャラで人気を博すと俳優としても活躍。なかでも、1990年のドラマ『さすらい刑事旅情編』(テレビ朝日系)、1993年のドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)シリーズは植草の代表作となり、アイドルのかたわら役者として飛躍していった。
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人柄もよく後輩に慕われ、芸能界では成功を収めた植草。だが、少年隊は2008年8月の主演ミュージカル『PLAYZONE』を最後に活動休止し、その後の植草は人生を一変させた。
「私生活では、10年交際していた元モデルと1994年に結婚して1995年2月に長男の俳優・樋口裕太、1997年に長女をもうけましたが、2010年12月に離婚を発表。植草は2011年1月発売の『女性セブン』(小学館)の直撃に、離婚の原因は生活観のズレや性格の不一致だったと証言し、芸能人の私生活に理解を示さない元妻への不満を明かしました。そして、2013年10月に少年隊の追っかけファンだった現在の妻との再婚と女児の誕生を発表。ところが、女児の誕生を理由に植草は元妻に離婚時に調停で定めた毎月20万円の養育費の減額請求を申し立てたといいます。あまりの身勝手さに元妻側が激高し、離婚をめぐって“ドロ沼”を経ていたことをブチまけ、植草の“不倫”が公になってしまったのです」(芸能ライター)
2014年4月、元妻の友人が植草の不倫とDVを『週刊女性』(主婦と生活社)に告発。友人の証言によれば、植草は現妻との不倫に加え、元妻や子どもに暴力を振るっていたとし、同誌にDVの疑いと記載された診断書の控えを公表したのだ。
「現妻と深い関係になった植草は、元妻との婚姻中に不貞がバレて一度、現妻と別れましたが、その後にネットゲームを介して関係を継続させ“密会”していたといいます。さらに、植草は仕事の激減によるストレスからか元妻や我が子にも暴力を振るい、あげく家を飛び出して現妻のマンションに入り浸ったとされています。以降、元妻は植草と音信不通となり、弁護士を介して離婚協議する以外に方法はなかったといいます。その影響は、当時ジャニーズJr.として活躍していた樋口にも降りかかり、親の離婚を機にジャニーズを退所。クズっぷりが明らかになった植草はかつてのイメージが崩壊し、仕事は開店休業状態に」(前出・同)
だが、植草の騒動は同事務所の圧力が関係していたのか、やがて鎮火。とはいえ、2015年9月の一部ニュースサイトでは、裁判で植草の養育費減額請求は却下されたと報じられている。
家庭を捨てた植草は、当時不倫相手だった経営一家の現妻との逆玉婚で悠々自適な億ション生活を手に入れたものの、10年も経たぬ間に同じ過ちを繰り返してしまったようだ。2020年12月、ジャニーズから“リストラ”されただけに、今回の騒動は自身で処理するほかない。今なお“少年隊”というブランドは守られている。ジャニーズのみならずファンにとっても残念な結果となっただろう。