緊急事態宣言下で行われたお披露目会見で、小柳は「緊急事態宣言にも関わらずごめんなさい。誰も来ないかと思っていた」と恐縮しつつ、本番ではキレキレのダンスと歌を披露。新曲を発表し終えると、思わず涙を見せ、「ごめんなさい。歳のせいか涙もろくて」と声を震わせた。
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この日は小柳が50年前にデビューを飾った日でもある。小柳は「今日は特別な日。わたしがデビューした日。本当は去年このシングルを出すつもりがコロナで延期になってしまって……。去年は引退も決意して、あらゆるものがストップしてしまっていたけど、スタッフが(こんなご時世ですが)出しましょうって言ってくれて今回実現したんです。30曲くらいのデモの中からこの曲を自分で選びました。この衣装も、ジャケ写の感じもアレンジも自分で決めました。50年目にしてやっと、楽しいとか、歌いたいと思える曲に出会えたといっても過言ではないです」と述べる。今後の活動についても「もうすぐ69歳なんですけど、今まで培って来たパフォーマンスを余裕を持って笑顔でやれればいいなと思ってやっていきます」と話して前を向いた。
コロナで仕事が激減し、去年引退を決意。「仕事が半年ほどなくなって、でもテレビに出ている方も大勢いらっしゃるのにって。もうわたしは(テレビの世界で)ポジションがないんだなって。何の迷いもなく潮時だなって。久しぶりに入ったラジオの仕事で生で引退しますって言ったんです」と当時の経緯や心境を語る。
だが、そんな引退宣言を撤回するきっかけになったのは、ミュージシャンの桑田佳祐のコラムを見てだといい、「桑田さんのおかげ。日本の宝である桑田さんがわたしのことをすごく褒めてくださって、その記事を拝見した時に、わたしはまだ芸能界に自分のポジションはあるのかな、もうひと頑張りさせてもらおうって思ったんです。感謝しかないです」と振り返る。「自分で言うとあれなんですけど、桑田さんはわたしについて、歌が上手い、ダンスが上手い、芝居もできる、エロい、脱げる、と5つのことを挙げてくれていて……。桑田さんのイメージがそうなのかなって。でもこういう69歳のアーティストがいてもいいんじゃないって思えました。エロカッコよくとことんやろうって」と桑田に感謝する。
サッカーも相変わらず好きだといい、「メッシからエネルギーをもらって頑張っています。今日も朝までサッカーで(中継を見て)エネルギーをもらおうと思っています。深夜零時は前半が終わる頃でしょうか。その心は乱れ心でしょうか。負けても勝ってもメッシとかバルセロナに対しての気持ちの軸はぶれないんです。勝っても負けても美しいので、心乱れないです」とにっこり。
コロナ対策もしているといい、「去年から濃厚接触者履歴ノートをつけています。感染しない、させないです。わたしが感染したら多くの人に迷惑をかける。責任感を持って快適に過ごせるようにしています」とこだわりを語る。
コロナで亡くなった志村けんさんの思い出にも触れ、「このコロナ禍だからこそいて欲しい人だった。一時でも嫌なことを忘れさせてくれる人。未だに信じられない。岡江(久美子)さんもそう。ああいう悲しいことがあったのに、それを忘れてフラフラ出歩いている人を見ると悲しい」と述べ、「50年、けんちゃんと友達でいましたから、ずっと心の中にいます。ついこないだもわたしの初代マネージャーが亡くなりました。わたしを可愛がってくれた人がどんどん亡くなっていく。まだまだわたしも彼らの分まで頑張らないといけないと思っています。天国からそんな人たちのエネルギーをいただいて頑張りたいと思います」と話していた。
(取材・文:名鹿祥史)