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巨人・増田の中継ぎ登板で話題になった“投手・新庄” ノムさん肝いりの起用も、まさかの理由で立ち消えに?

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新庄剛志氏

 6日に甲子園で行われた巨人対阪神の一戦。試合は「11-0」で阪神が大勝したが、試合結果以上に話題となったのが巨人の野手・増田大輝の中継ぎ登板だった。

 増田がマウンドに送られたのは、「0-4」と巨人4点ビハインドで迎えた8回裏。この回巨人は5番手の堀岡隼人が1死しか取れないまま7失点を喫し降板したが、巨人・原辰徳監督は6番手に投手ではなく控え野手の増田を起用。高校時代に投手の経験があったという増田は、「0.2回無失点・被安打0・1四球」と本職顔負けの投球を披露した。

 控え投手の消費を防ぐための采配だったことが試合後に伝えられた増田の登板だが、ネット上には「今後の戦いを見据えたいいリスクマネジメントだ」、「お金を払って観に来ているファンに失礼では」と賛否の声が多数寄せられた。一方、一部では「阪神は昔新庄も投手したことあるよね」、「新庄も登板してなかったっけって調べたらもう20年以上も前になるのか」といったコメントも見られた。

 >>新庄剛志が巨人の目論見を粉砕! 常識外れの打撃に長嶋監督もあぜん? 計算づくめで呼び込んだ敬遠球サヨナラ打<<

 コメントで挙げられた「新庄」は、阪神(1990-2000)、ニューヨーク・メッツ(2001,2003)、サンフランシスコ・ジャイアンツ(2002)、日本ハム(2004-2006)で活躍した新庄剛志。昨年11月に現役復帰を宣言したことも記憶に新しいが、阪神時代の1999年に増田と同じく野手ながらマウンドに上がったことがある。

 新庄がマウンドに上がったのは、1999年3月5日に熊本・藤崎台球場(現リブワーク藤崎台球場)で行われた阪神対巨人のオープン戦。当時27歳の新庄は前年の秋季キャンプから当時の野村克也監督の意向により外野と投手の“二刀流”に取り組んでいたが、春季キャンプの紅白戦では2試合で計2イニングを投げ5失点。同戦で結果を残せなければ二刀流構想は白紙という見方もあった。

 だが、同戦の4回裏に2番手としてマウンドに上がった新庄は、巨人先頭の元木大介を139キロのストレートで詰まらせセカンドフライに。さらに、続く二岡智宏も142キロのストレートでショートゴロに打ち取ると、最後は後藤孝志を121キロのスライダーでセンターフライに仕留め、三者凡退で1イニングを投げ切った。

 試合後、新庄は「相手が打ち損じてくれただけ」と謙遜したが、野村監督は「マウンド慣れしてきたみたいだな」と評価。また、新庄に打ち取られた元木が「シーズン中に会いたくないピッチャー」と語ったことも伝えられた。

 しかし、5回以降は本職のセンターに回り出場を続けた新庄は、9回にヒットを放った際に左大腿筋を故障。その影響もあってか、次回登板となった同月21日のダイエー戦では本塁打を浴びるなど結果を残せず、これ以降二刀流構想は白紙に。結局、オープン戦で2試合、シーズンでは登板なしという結果で新庄の挑戦は終わってしまった。

 ところが、新庄は後年に左大腿筋の故障が嘘であったことを、2018年9月23日放送の『ジャンクSPORTS』(フジテレビ系)の中で暴露している。新庄いわく、投手起用は「面白くないな」と感じたことから、同戦後に故障したと嘘をついたとのこと。また、面白くないと感じた理由については、「簡単に抑えられるから」とも。紅白戦を含めるとそこまで抑えているというわけではないのだが、新庄としては投手は今一つしっくりこなかったようだ。

 今回中継ぎとして投げた増田は新庄とは違い、「すごくいい経験をさせてもらった」と笑顔で語ったことが試合後に伝えられている。あくまで試合展開次第だが、もしかすると2度目の登板もあり得るのかもしれない。

文 / 柴田雅人

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