――この映画、桃井かおりさんが言い出しっぺなんですか?
石橋 そうらしいです。原田芳雄の家に集まって飲んでるときに、そんな話が出て。俺も酔っぱらっていて、詳しい成り行きは知らないのですが…。
――今でも集まることがあるのですか?
石橋 12月28日の餅つきをいまだにやっています。今年は中止になったけど、芳雄のうるう年(誕生日)を祝うライブとかもやるし…。集まって皆で飲むのは続いています。
――世代を超えた豪華キャストに、まず驚かされますね。
石橋 監督の人徳というか「蓮司が悪だくみするんで…」とか言うと、みんなが面白がってくれて。(シナリオの)完成本のキャスティングを見て、俺のほうがびっくりです。
――石橋さんを中心にして、みんな一人ひとりがしっかりその役を演じています。それも嬉々として。
石橋 ここに出てくる一人ひとりで1本撮れるような人物ばっかり。俺を水先案内人として60〜70年代、昭和B級映画が華だった頃の匂いがすれば…そういう映画かな。
石橋蓮司が演じているのは、昼は妻(大楠道代)も立ち入りを許されない書斎で作家業を、夜は街をさまよいながらスナイパー稼業を営む役。さまざまな人と絡み合いながら、最後には、中国人スナイパー(豊川悦司)とガン対決を行う羽目となる。
――元ヤメ検(岸部一徳)から殺しを頼まれ、それを巧妙に成し遂げ、小説のネタにする。その結果、“都市伝説”を生み出したりするわけですが…。
石橋 昔のテレビでいえば、『必殺仕掛人』や『必殺仕置人』ですからね。これが、B級アクションの面白さっていうことなんです。
――大楠さんとの夫婦関係が面白いですね。うだつが上がらないだけでなく、疑いの目で見られるようになるという。
石橋 もともとリアルな志(昔・純文学作家、現・ハードボイルド作家)を持っていたのに世に認められず、奥さんの年金が生活を支えている。俺自身も(緑)魔子のヒモみたいに生きた時代がありましたよ。
――子どもがいないというのがミソですね。
石橋 子どもがいたら殺人もやれないでしょうし、まったく違う人生に方針転換したかもしれない。子どもがいないから、奥さんが自分を子どもみたいに面倒みてくれて、よくいた昭和の男ですよ。
――ホンを書いた丸山昇一さんが「50年続いている青春映画」と言っています。確かに、桃井さんとの出会いでもあった『あらかじめ失われた恋人たちよ』(’71年/ATG)からほぼ50年です。
石橋 その頃を体験した人間たちにしか分からない意地であったり、ロマンがあってね。一緒に生きてきた人間だから許し合える、見てきた風景が同じだから認め合える、というのが出たらいいなと。
★この年でもガブ飲みしてます
――探偵めいた行動をするシーンがありますが、これまでやられたことはありますか?
石橋 そういう役はなかったかもしれませんね。それより、あのシーンで今のカメラの性能にびっくりしました。望遠じゃなくても、はるか先の部屋の中まで見えちゃう。
――カメラといえば、撮影は今やフィルムではなく、デジタルです。それによって、演じ方も変わってきましたか?
石橋 俺たち役者には、フィルムもデジタルもあまり関係ない。デジタルだと、多くの監督はモニターの前にいますが、阪本監督は本番で現場にいますね。いま、ナマで役者を見て指示を出す監督って、本当に少なくなりましたよ。
――元ミュージカルスター役の桃井さんは、バーテーブルの上で歌(曲は『サマータイム』)まで披露してノリにノッていますね。
石橋 監督に「あいつを扱うのは大変だよ」と言ったんですが、非常にうまく扱う。やる気にさせる、演出上手というのか、かおりもノリノリでした。
――夜の街もキーポイントですね。
石橋 ハードボイルドな雰囲気の場所を探すのが大変でした。本当は新宿じゃなきゃいけないんですけど、かつての凄まじい雰囲気はないですから。それでイメージを求めて錦糸町に行ったり、ワンシーンずつ探したり。ほんと、制作部はよく見つけてきたね。
――ガンの扱いもバッチリ決まってました。
石橋 そこはプロじゃないといけない。一目でワルサーP38とか、当てるようでないと。
――健康のために毎朝しじみ汁を飲まされますが、健康管理はしていますか?
石橋 医者に行くといっぱい検査されちゃうから、もう言うこと聞かないことにしようってね。医者が「あなたの命ですから」「じゃ、そうさせていただきます」と。この年でもガブ飲みしてます。覚悟ができていると言ったら変ですけど、昔はこんなに長生きしてる役者はいないですよね。左卜全さんぐらいかな。
――今でも新宿ゴールデン街とか行かれますか?
石橋 ゴールデン街そのものの風景が変わっちゃってね。たむろしている人間がいないんですよね。夢を語り、朝まで飲むような場所がなくなっちゃった。昔は宮下順子や白川和子ともよく会ったし、神代辰巳監督との出会いもゴールデン街でした。
石橋蓮司には、60年代後半から時代を一緒に歩んできた芝居仲間がいる。蟹江敬三、清水邦夫、そして蜷川幸雄だ。
――今度の作品は時代の終焉を描いたものでもありますが、ここ数年、お仲間が亡くなられていますね。
石橋 そういう区切りのときじゃないですか。いろんな役者さんが、バタバタといなくなる。蟹江敬三、あいつは69だったし、蜷川さんは80でしたからね。
――みんなが若かった、あの70年前後の時代がもたらしたものは大きいですよね。
石橋 勢いっていうか、昭和の創作の源になった時代だね。演劇の唐十郎や鈴木忠志、佐藤信とか、土方巽の暗黒舞踏とか、とにかく60年代後半から70年代にかけて、多くの人間を生み出しました。僕が数多く出演したアートシアター映画も、気鋭の監督によって作られたもの。「予算はないけどメジャー映画に負けない、本当の観客を俺たちが作り出す」って、そういう時代ですからね。
――この前、東陽一監督の『やさしいにっぽん人』(’71年)を見たのですが、アフロヘアでした。
石橋 俺はアフロの先駆けでしたからね。今じゃ、誰も信じてくれないけど(笑)。
★役者が面白がって作った映画
――最近は若い女優さんとご一緒されることも多いようですが、昔の女優さんとはずいぶん違いますか?
石橋 昔の女優は共演したら忘れないっていうか、すぐ思い出せる。でも、今は個性的な人が少なくなっているんじゃないかと思います。強い、何か訴えてくるものがね。昔の女優さんは1回会うと、匂いというか、すぐ分かるんですけど、今の人は誰とやっても同じ雰囲気になっちゃう。かおりなんて忘れないじゃないですか、二度とやりたくないとか(笑)。
――同時代人として意識されている俳優はいますか?
石橋 俺、ずっと原田芳雄のことしか言わないからね。(佐藤)浩市がデビューしたとき、いい役者だと何かに書いたけど。
――彼は今年、還暦ですね。
石橋 えっ? 浩市もう60か、ドンドン追いついて来るんだよね。
――今後やってみたいことはありますか。例えば、監督とか…。
石橋 何度か監督のお話はいただいてますが、これは手を付けないほうがいいなと。舞台の演出だけならやれなくはないけど、なんせ事故で腰を痛めたんでね。(主宰する劇団)『第七病棟』のほうは休業中です。やらないって言うとファンに怒られるから。
――お気に入りの映画出演作を3本挙げるとしたら?
石橋 『あらかじめ失われた恋人たちよ』、芳雄との出会いの『竜馬暗殺』(’74年/ATG)、そして神代さんとやった『赫い髪の女』(’79年/日活)ですね。
――話は変わりますが、生で見るほど競馬好きなんですよね。
石橋 今でも競馬はやってますよ。相変わらず女房と椅子持って、東京競馬場に行きます(現在は無観客)。酒浴びて競馬やって、しょーがねぇジジイだね(笑)。
――最後に、読者へメッセージを。
石橋 このぐらいの年代の役者たちが面白がって作った映画なので、ぜひ見て、何か反応してもらいたいですね。
●石橋蓮司●
1941年、東京都品川区出身。俳優デビューは’54年製作の『ふろたき大将』(東映)。以来、現在に至るまで、映画、ドラマ、そして舞台でさまざまな役を演じてきた。妻は女優の緑魔子。
『一度も撃ってません』
_(近日公開)
監督:阪本順治、脚本:丸山昇一、出演:石橋蓮司、大楠道代、岸部一徳、桃井かおり、佐藤浩市、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、柄本明
(c)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ