しかし、そんなクリス・ジェリコに対する評価は、決して大げさなものではないのである。
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2018年から3年連続で、年頭の新日本プロレス東京ドーム大会に参戦しているクリス・ジェリコ(対戦相手はケニー・オメガ、内藤哲也、棚橋弘至で棚橋戦にのみ勝利)。
新日には不定期ながら出場を重ねており、’19年6月の大阪城ホール大会ではオカダ・カズチカの持つIWGPヘビー級王座にも挑戦している(ジェリコの前方回転エビ固めをオカダが押しつぶして3カウント)。
スカパー!などでWWEの試合をチェックしているファンなら知っていて当然、歴代スーパースターの中でも上位に格付けされること確実の超ビッグネームだが、昭和のファンの中にはいまいちピンとこないという人もいるだろう。
今年のドーム参戦時には新興団体であるAEW世界王者の座にあり(2月大会で陥落)、アメリカの現役トップが新日の大会に参戦したことは、日本よりも海外で大きなインパクトとして認知された。
なおAEWとは「オール・エリート・レスリング」の略で、大富豪の親子がバックにいる資金力から「WWEのライバル団体になり得る」との評もあり、ケニー・オメガも旗揚げメンバーに名を連ねている。
WWEが独走状態になってからの現役トップによる日本マット参戦は、近いところでは’05年のブロック・レスナーや’07年のカート・アングルの例がある。
「ただし、レスナーはNFL入りを目指しての契約トラブルの最中で、アングルもWWEを実質解雇されていたときのこと。その意味からも、ジェリコの日本での試合は大きな注目を集め、対戦した日本の選手も世界的な評価を得ました」(プロレスライター)
90年代前半、若手時代のジェリコは日本やメキシコを主戦場としていた。
「WARではライオン・ハート、あるいは冬木弘道率いる冬木軍においては、邪道や外道と並ぶ“ライオン道”の名でタッグ王座にも就き、新日では素顔以外にマスクマンのスーパー・ライガーとしても闘っていたので、日本のファンにはそちらのほうがなじみ深いという人もいるかもしれません」(同)
’96年にWCWと契約してからはイケメン&毒舌パフォーマーのヒールとして頭角をあらわし、’99年にWWF(現WWE)に入団すると、ザ・ロックとの抗争によって人気爆発。それ以降はWWEにおいて、すべての主要タイトルで王座に就くグランドスラムを達成するなど、常にストーリーラインに絡む活躍を続けてきた。
★ヘビーメタルのバンドを率いる
少年時代、プロレスラーとロックスターに憧れたというジェリコは、二つ目の夢もかなえ、自らがボーカルを務めるヘビーメタルバンド「FOZZY」を率いて、これまでに7枚のアルバムをリリースしている。
「もともとのバンド名は、“メタルの帝王”オジー・オズボーンの名をもじったホジー・オズボーンというもので、アマチュアに毛の生えた程度のコピーバンドでした。現在でもバンドの評価は決して高いものではありませんが、それでもプロレスとバンドを行ったり来たりできるのは、ジェリコのプロレス能力の高さがファンのみならず関係者からも認められている証拠でしょう」(同)
’01年、ザ・ロックを破ってWCW王座(WCW崩壊によりWWFの管理タイトルとなっていた)を獲得すると、同日にストーン・コールド・スティーブ・オースチンからWWF王座も獲得。史上初のWWF&WCW統一世界王者として、まさしくプロレス界の頂点に君臨した。
あらゆるスタイルをハイレベルでこなす技量の高さは、かつての日本での経験もあってのことで、オメガ戦では冬木を模したマッスルポーズを披露。試合後には「冬木さんこそが真の日本の戦士だと思っている。彼こそが天才で、さまざまなことを気にせず、自分自身のことをやり遂げた人」と話している。
現在所属するAEWとの兼ね合いから、今後は日本マットへの出場が難しいとも噂されるが、X JAPANやラウドネスを愛する日本びいきでもあるだけに、またその雄姿を見せてもらいたいものである。
クリス・ジェリコ
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PROFILE●1970年11月9日生まれ。カナダ・マニトバ州出身。身長183㎝、体重103㎏。
得意技/ウォールズ・オブ・ジェリコ(逆エビ固め)、ジュダス・エフェクト。
文・脇本深八(元スポーツ紙記者)