大相撲観戦といえば、着飾ってマス席に陣取り、飲んで食って歓声を上げ、拍手を送る、というのが当たり前の光景だ。しかし、それらがすべてなくなったのだから、まさに異様としか言いようがない。
「初日の大阪の朝はあいにくの雨で、ただでさえ人通りが少なかったのですが、正面玄関の入り口は固く閉ざされたまま。華やかな力士ののぼりも、にぎやかな寄せ太鼓もなく、事情を知らない人が表を通りかかっても、中で何が行われているか分からなかったんじゃないでしょうか。力士たちも裏口からこっそり入場し、全員マスク姿。あれでは、誰が誰だか分かりません。『そんなにまでして開催しなければいけなかったのか』とクビをひねる関係者もいました」(担当記者)
力士たちにとっても戸惑いの連続だった。ファンの熱気や歓声、「ヨイショッ」という掛け声もないまま横綱土俵入りを行った鶴竜は、苦笑しきりだ。
「ここで拍手が来るかなと思ったところで掛け声もなく、(所作を)間違っているかと思った。こんな感覚の土俵入りは初めてです」
この“沈黙禍”は、人気者ほど大きかった。いつも館内が割れんばかりの拍手や歓声に背中を押されて土俵に上がる炎鵬は、この心強い味方がないのに戸惑った1人で、初日、御嶽海に全くいいところなく敗れて黒星スタート。
「闘争心というか、アドレナリンが出なかったですね。何のために闘っているか、答えが見つけられなかった」
そう言って肩を落としていた。
関西出身で、いつもの春場所なら大声援が送られる大関の貴景勝も大きな違和感を抱いたようで、神妙な面持ちだった。
「あらためて歓声のありがたさが分かった。お客さんも大相撲を作ってくれている」
これでは、なかなか番狂わせも起こらない。先場所、幕尻優勝をした徳勝龍も初日は完敗。八角理事長は協会あいさつで、次のような誓いを立てた。
「世界中に勇気や感動を与え、世の中に平安を呼び戻すことができるように努力する」
果たして、こんな状態でそれが達成できるのか。力士の反応を見る限り、簡単なことではなさそうだ。