日本のプロ野球とメジャーリーグで数々の記録を打ち立て、昨年3月に惜しまれつつ現役を引退。その後はマリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターの職にありながら、同12月に一時帰国して3日間にわたり学生野球の資格回復の研修に参加したイチロー氏に対し、日本学生野球協会は2月7日、審査結果を発表。野球解説者の森繁和氏、川口和久氏、前田智徳氏らとともに承認した。この学生野球資格回復により、イチロー氏は米マリナーズ球団に在籍したまま、オフシーズン限定で日本の高校、大学の指導が可能になった。
そんなイチロー氏は母校の愛工大名電高はもとより、他の高校、大学でも選手を教えられるようになり、全国の高校、大学から問い合わせが殺到。中でも智弁和歌山高校での指導が一部メディアの間で有力視されていた。研修を受けた12月、同校出身の友人らと結成した草野球チーム「神戸智弁」で同校教職員チームと対戦し、親交を深めていたからだ。
同校は春夏合わせて3回の甲子園優勝を誇る一方で、卒業生の4割が東大、京大、国公立大に進学する文武両道の名門。野球部は高嶋仁氏が1980年から監督を務めてきたが、2018年を最後に名誉監督に退き、代わって阪神でプレーしたOBの中谷仁氏が監督に就任。そこへイチロー氏が加われば、さらに戦闘力が増すのは明らかだ。
「そこで兄弟校の智弁学園(奈良市)とともに抱え込みを図っていたのですが、イチローは特定の学校ではなく広く全国でアドバイスをしたいと、母校の愛工大名電ともども固辞した。現在はアリゾナ州で行われているマリナーズのキャンプで指導にあたっています」(テレビ局のスポーツ担当)
高校球児にとってオリックス時代に7年連続首位打者となり、2001年からは日本人野手初のメジャーリーガーとしてプレーして3098安打をマークしたイチロー氏は、まさに生きた神様。今回の進路を「日本中の学生をマリナーズへ送り込むための“布教活動”」と揶揄する声も一部で上がっているが、意図はもっと崇高なところにあると、スポーツ紙デスクは語る。
「古巣オリックスの宮内義彦オーナーは『すぐにでも監督をやってもらいたい』と公言し、中日やソフトバンクもオファーを出しているが、イチロー氏は引退会見で『監督は無理。人望がない』と断ったのは周知の通り。これは人望云々ではなくプロ野球の監督など視野にないからで、彼が見据えているのはただ一つ。先人がなし得なかったプロ、アマ一体となった新たな組織作りにある。学生野球の指導資格を得たのは、アマ野球が直面する問題点を同じ目線で捉えるため」
サッカーには日本サッカー協会というプロ、アマチュアを統括する組織があり、各国の協会と連携しながら、強化を図って収益を上げている。一方、野球は日本野球機構(NPB)がプロ12球団を統括し、アマは全日本野球協会の下に日本野球連盟と日本学生野球協会があり、日本野球連盟には全日本女子野球連盟、日本リトルリーグ野球協会などが、日本学生野球協会には全日本大学野球連盟と日本高等学校野球連盟がある。ほかにも日本独立リーグ野球機構なども乱立。とりわけドラフト会議の公正を保つめ、プロと高野連、大学野球連の垣根は高い。
そこに一石を投じたのが、今回のイチロー氏の学生野球資格回復なのである。
「国内的には、サッカーやバスケットボール人気に押され子供たちの野球競技人口の減少と社会人野球チームの休廃部が続出している。また、高校、大学まで野球を続けてもプロ野球選手になれるのはほんのひと握り。そこでプロ野球16球団移行の流れができたのだが、この先の展開は読めないのも一因」(同)
国外的には東京が最後となるオリンピック野球の復活交渉、メジャーリーガーが出場しない世界大会のあり方、さらには望まれて久しいNPBと米大リーグ機構(MLB)のリアルワールドシリーズ、日米球団の選手トレード、国際ドラフト会議など、課題は山積している。そこに浮上したのが「イチローコミッショナー待望論」なのだ。
本来なら、同職には長嶋茂雄巨人軍終身名誉会長や王貞治ソフトバンクホークス会長が適任だが、ともに84歳と79歳と高齢だ。激務は困難で、各球団オーナーもニュートラルなイチロー氏なら推挙できる。
「現在の斉藤惇コミッショナーは東京証券取引所グループ社長の出身でビジネス感覚は申し分ありません。しかし、複雑で微妙なプロアマ連携やMLBとの日米の野球協約変更は、ユニホーム経験者、それもカリスマ性を持つ人物じゃないと解決が難しい。日米で実績を残し、米国にも広く人脈を持つイチロー氏が適任という判断です」(イチロー氏と親しい放送関係者)
コミッショナーの収入は月200万円ほどで、プロ野球の監督より格段に低いが、資産200億円ともいわれるイチロー氏にとって、そこは問題にならない。プロ、アマが一体となった新たな「日本野球協会」設立――。
日米でレジェンドとなった男は、再び困難の伴う道を歩もうとしている。