不当な処分によって国内で試合をする機会を奪われたとして、亀田3兄弟がJBC(日本ボクシングコミッション)や理事らに損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁がJBC側に4550万円の支払いを命じる判決を下したのだ。
「JBCの’18年末の財務諸表では、資産から負債を差し引いた正味財産は、わずか620万円しか残されていません。今回の4550万円という金額は、現在のJBCの支払い能力を完全に上回っており、破綻は目前。日本唯一のコミッショナー機関であるJBCが消滅すれば、プロボクシングの公式試合が国内で開催できなくなる深刻な事態です」(ボクシング誌記者)
今回の訴訟の発端は、約6年前に遡る。
2013年12月3日、二男の亀田大毅が出場したWBAとIBFの世界スーパーフライ級王座統一戦で、相手選手のリボリオ・ソリス(ベネズエラ)が体重超過で計量失格。それでも試合は行われ、大毅が判定負けした。
「当初、この一戦で大毅が保持していたIBF王座の取り扱いについて、IBF側は試合前の記者団の取材に『大毅が負ければ空位になる』と誤って説明していました」(スポーツ紙記者)
この説明が既成事実化した状態で試合が開催され、中継したTBSも「負ければチャンピオンから転落。崖っぷち」と煽り立てたが、結果的に敗北した大毅がIBF王座を保持し続けることになり、いわゆる“負けても王座保持問題”として批判が殺到。一連の騒動を受けて、JBCは「混乱を招いた」として亀田ジムの会長やマネージャーのライセンス更新を認めず、ジムは活動休止、3兄弟が保持する国内でのボクサーライセンスも実質的に失効となり、日本で試合ができなくなってしまったのである。
「良くも悪くも世間の注目を集めてきた亀田家ですが、当時は既に飽きられていて、視聴率や観客動員力も衰えていたため、JBCが一家を追放する判断に至ったとみられていました。生粋のボクシングファンも、スキャンダルまみれだった亀田3兄弟に、ついに鉄槌が下されたと留飲を下げて処分を支持しました」(前出・ボクシング誌記者)
ところが、’16年の1月に亀田3兄弟が逆襲に転じ、「JBCの処分は不当だ」として、2年間のファイトマネーと興行収入に相当する6億6600万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したのだ。
「裁判で亀田側は、試合前のIBF側の説明は誤りで、事前のルールミーティングで『大毅が敗れてもIBF王座は保持される』と確認されていたと主張。そのルールミーティングや、IBF側が誤った説明をした取材現場にもJBC関係者が同席していたが、IBF側の誤った発言を訂正しなかったことで騒動に発展した。それにもかかわらず、“負けても王座保持問題”の全責任を亀田側に押しつけたことは不当だと訴えていたのです」(前出・スポーツ紙記者)
亀田側の弁護は、テレビ番組でおなじみの北村晴男弁護士が担当。法廷でのバトルは終始、亀田側が優勢だったという。
★JBC解体論まで飛び出す
裁判所からは、「亀田側の主張に基づいたうえでの和解交渉」が持ちかけられたが、亀田側はJBC幹部の辞任要求を譲らず決裂。結果、1月31日に迎えた判決では、「ルールを十分に確認しなかったJBC自身に原因がある」と亀田側の主張を認め、当時の処分は「裁量権を逸脱して違法」と認定されたのである。
判決後に会見した亀田興毅は、「当時関わった関係者が変わらないと、ボクシング界も変わらない」とJBC執行部の刷新を要求。北村弁護士も「JBCに自浄作用がないのは明らか」と断じた。
「JBCは控訴しましたが、そもそも民事訴訟は上級審でひっくり返りにくい。1審で4年間も争っているので、逆転できるだけの新事実をJBC側が提示するのは難しいでしょうね」(司法記者)
前述のように、JBCの正味財産は620万円しかない。しかも、これは1年以上前に公表されていた金額で、今はもっと目減りしているとされる。
「JBCが資金枯渇に陥った要因は、組織内における派閥闘争です。2010年代に職員の解雇を乱発し、こちらも『不当処分だ』と訴えられて、相次いで敗訴。賠償費用や訴訟費用で火の車となった。興毅が3階級制覇を果たした’10年末の正味財産は1億6400万円でしたが、ほぼ全額が霧消した計算です」(前出・ボクシング誌記者)
JBCの主な収入源は、ボクシングジムのオーナーでつくる『日本プロボクシング協会』から得る「ライセンス料」と「試合認定料」だが、切羽詰まったJBCは、万が一の際の“治療費の積立金”として選手のファイトマネーから徴収している「健康管理見舞金(健保金)」まで訴訟費用に充てていた疑惑が浮上。ボクシング業界では、JBC解体論まで噴出しているという。
言うまでもないが、JBCは日本国内で行われるプロボクシングの公式試合を統括する機関。対戦が公平・中立に行われるように、選手はもちろんジムのオーナーやドクター、レフェリー、セコンド、タイムキーパーなど試合に関わる人物の資質を審査し、ライセンスを付与する。
また、ルールを厳密に制定・運用することで、JBCの公認試合は「公式戦」としての正当性を担保することができるのだ。
仮にJBCが消滅すれば、日本の選手はプロボクサーを名乗れず、国内ではプロボクシングの公式試合ができなくなってしまう。
「試合は全て非公式となるので、地下格闘技と同列になってしまうわけです。いくら国内試合で勝利を重ねても“戦績”としてカウントされないので、有力な選手は海外での活動を余儀なくされます。こうなると井上尚弥のような選手は、二度と日本で試合をしない。当然、世界の認定団体からも敬遠されるので、JBCの管轄外である世界タイトルマッチも開けなくなります。八百長も横行するでしょうし、人気が低迷し、ボクサーを目指す若者は激減する」(大手ボクシングジムの関係者)
こうした最悪の事態を回避するため、JBCの再建策も検討されているというが、こちらも波乱含みだ。
「解散して一から組織を改める“出直し派”と、外部資本の支援を図る“外部援助派”に分裂の恐れがあります。もともとJBCは内紛状態が続いていて、処分から勝訴して復職した面々は、執行部とまったく口を利かない状態です。JBCを一度潰してしまうと分裂するのは明らかで、結果的にコミッショナー機関としての権威が落ちる」(同)
分裂した場合、日本王者が同階級で複数存在することになり、ファン待望の対戦が実現できないケースも増えてくるだろう。実際、韓国やタイは同様のケースに陥り、ボクシング人気の低迷が続いている。
それなら、現在の組織を維持しつつ、外部資本の支援を受ける方法が現実的に思えるが…。
「JBCはコミッショナー機関として中立性を求められるので、スポンサーに依存するのはふさわしくない。たとえば、支援した企業やテレビ局などが特定の選手に肩入れし、疑惑判定などが生じかねない」(同)
現実的に囁かれているのは“東京ドーム支援説”だという。
「JBCのトップであるコミッショナーは、ボクシングの聖地・後楽園ホールを抱える株式会社東京ドームの社長が兼務するのが慣例で、今回も『東京ドームが支援するのではないか』と噂されています。ただ、それだと組織や体質の一新とはほど遠い。亀田側は、そこを変えろと主張しているわけですから、東京ドーム支援策も難しいのでは」(前出・スポーツ紙記者)
JBCは「経営は万全な体制を整えています」と反論するが、外部支援に頼ると、別の問題も懸念される。
「反社会的勢力が跋扈しかねません。周知の通り、かつて反社は、選手を後援し、チケットをさばいてくれていたボクシング界の上得意でした。それを、この10年で必死に排除し、集団で観戦させないようにするなど、健全化を図ってきたのです。しかし、ここまで資金繰りが悪化し、組織もガタガタになると、再び反社が紛れ込む隙ができる」(同)
10カウント寸前のピンチに陥ったJBC、あしたはどっちだ?