監督/高瀬將嗣
出演/石橋保、宅麻伸、中村育二、山根和馬、大家由祐子ほか
“カスリコ”とは聞きなれない言葉だが、高知で使われている賭場の隠語で、客の世話などをしてわずかばかりの祝儀をもらう下働きのこと。“物乞いと同じ”という揶揄も込められているそうだ。昭和40年代を舞台に、「令和」の御代には珍しいモノクロ画面で迫る“侠”の、そして“手本引き”の世界を描く。高瀬監督は殺陣師として知られ、硬派系の映画、Vシネなども手掛けている。
土佐の高知では腕利きの料理人として知られた岡田(石橋保)は、手本引きにハマって失敗し、店を失い、妻子とも別れ別れに。憔悴しきっていた岡田を救ったのは地元の侠客・荒木(宅麻伸)。荒木は彼の料理としての腕を買い、再起を促すためにも、ドン底からはい上がれとばかりに、“カスリコ”の仕事を世話するが…。
モノクロ・ヨーロピアンビスタで描き出されるのは、侠たちの横顔、本格的な賭場の陰影。任侠映画でおなじみだった一見殺伐たる手本引きの世界に蠢く者たちを、あえて美しく捉えて効果的だ。ドブに落ちても蓮の花と咲かんとする主人公・石橋保の、堕ちても汚れ切れない、妙に愛嬌のある個性が素晴らしい。アウトロー映画では知られた俳優だが、今回は人間の弱さ、脆さ、そして憎めない人物を好演している。侠客の宅麻伸が彼を見捨てないのも説得力がある。
主人公を取り巻くその他の人物も、賭場の客の小市慢太郎、伊嵜充則、賭場の仕切り人の中村育二、賭場の大物・高橋長英など個性派俳優ぞろいだが、結果的には彼を盛り立ててゆく人物を演じて支える。裏社会を描いた映画としては珍しく、いわゆる極悪人はほとんど出てこない希有の映画だ。ドン底に落ちたというのに、まだ“夢”を見ながら暗転を迎える主人公はきっと“幸せなバクチ打ち”に違いない。“侠”にこだわり続けてきた高瀬監督の、これは1つの到達点ではないか。特に、高橋長英との“サシ勝負”は息を呑むような緊張感と充足感に襲われる!
試写の後、高瀬監督と立ち話をしたが、グラマー美女好きの私を気遣ってか「女っ気がなくてすみませんねえ」と恐縮する監督に、「いやいや、“侠”の世界も好きですから。それに賭場の紅一点で美熟女の大家由祐子の色香や、下宿の壁に貼ってあった外国人美女ピンナップもさりげなくて良かったですよ」と言うと、「あのピンナップは私のこだわりです(笑)」とニヤリ。硬派監督だが、遊び心もちゃんとあるところが素敵ではないか。
(映画評論家・秋本鉄次)