『戦後日記』三島由紀夫 中公文庫 1000円(本体価格)
★三島による戦後史のドキュメント
文章の格調高さ自体を陶然と味わうなら永井荷風の『断腸亭日乗』。「一日うち ひるね」など、映画のテンポそのものを感じさせてもの柔らかな筆致に思わずほほ緩む『全日記 小津安二郎』。昭和20年を綴ってもはや永遠の青春文学と化した観の山田風太郎『戦中派不戦日記』。生臭い政界の裏面史や人物評価が垣間見られて興趣尽きないのが『佐藤栄作日記(なにせ自分の後を継いで首相になった田中角栄から目白の自邸に招かれた日に「大した家ではない」なんて書いてある)』。心地よい文体リズムが癖になる殿山泰司『JAMJAM日記』、あるいは荒木経惟『包茎亭日乗』、忘れちゃいけない『小林信彦60年代日記』、筒井康隆『腹立半分日記』、そしてつかこうへい『つかへい腹黒日記』…再読、三読に耐える傑作は枚挙に暇なきところだが、やはり極めつけは三島由紀夫のそれだろう。
公刊されている彼の日記を読むとき、どうしても無意識に「昭和45年11月25日」という日付から逆算して慨嘆のほかないのは、この人にはプライベートで“終日無為”と記した時間など恐らく一日たりとてなかったのではないかと邪推せざるを得ないくらい、息詰まるほどの濃密さ。
意地の悪い論客が三島をとらえて「一に批評家、二に劇作家、三四がなくて五に小説家」と評した如く、とにかくあらゆる事象につき下さずにはいられない徹底的に明晳かつ透徹した批判、診断の数々(作家のスランプひとつとっても、「十中八九、生活に原因がある」と爽快に斬って捨てた挙句、なぜそうなのかを滔々と述べる件もまさに面目躍如)がヒリヒリする緊張感。
解説の平山周吉氏によれば、三島の遺品の中には依然未公開の日記が実は大量に存在するとか。全集への追加収録を切望するのみだ。
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
今回は小説を紹介したい。タイトルは『情熱が…』(アイシーメディックス発行/星雲社発売/1600円+税)。
昭和15年、船に単身乗り込んでフィリピンのセブ島に渡航した後、現地の貿易会社に勤めた日本人の若者・雄二の生き様を描いた第一部『海ゆかば』と、雄二の2人の子が波乱万丈の日々をすごす第二部『金ボタンの行方』を所収した長編小説である。
第一部は、太平洋戦争で日本軍がセブ島に上陸する昭和17年の2年前、親の反対を押し切り渡航した雄二が、現地の美しい娘ミナと出会い、恋に落ちる。
だが、激化する戦争。雄二は帰国し、日本で結婚し雄一という息子をもうける。だが、ミナも雄二の娘リンダを孕んでいた。やがて雄二は、今度は日本軍の一員としてフィリピンに赴き、部隊とともに玉砕する。
第二部は戦後、雄二の2人の子ども、雄一とリンダを軸としたストーリー。フィリピンに渡った雄一がリンダと出会い、マルコス大統領独裁政権の下で動乱に巻き込まれていく。
作者のリオ・オリイは本名・折居哲郎という日本人。ノンフィクション作家の山平重樹氏の著書に詳しいが、25歳でアメリカに渡り、タペストリー(織物)デザイナーとして大成功を果たす。裏社会を牛耳るボスとしても君臨した伝説の男だ。山あり谷ありの人生を送ったオリイの人生観が投影された実録小説といっていい。戦中・戦後を舞台にした大河ドラマとでもいうべき物語がスピーディーに展開し、息つく暇もなく一気に読破できる。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)