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1997年 目黒記念優勝馬アグネスカミカゼを振り返る

 ダービーデーの“トリ”を飾るのは今年で第121回を数える伝統の「目黒記念」(JpnII 芝2500m)。この日に移行された昨年は、ポップロックが優勝している。
 さて、今回は1997年の優勝馬アグネスカミカゼ(父サンデーサイレンス、美浦・藤沢和厩舎)にスポットを当てた。重賞初挑戦ということもあり、単勝7番人気と評価は低かった。
 しかし、「競馬は格より調子」の格言通り、上がり馬の勢いをまざまざと見せつけ、栄冠を手にする。ベストパフォーマンスを披露したのは、“アンパンマン”と親しみを込めて呼ばれていた橋本広喜騎手。現在は伊藤圭厩舎で調教助手を務めている。
 「ゴールした瞬間、半馬身ぐらいの差で勝ったと思った。だから思わずガッツポーズをしちゃいました。ところが実際は、アタマ差。負けていたら笑いものになっていたでしょうね」と当時を振り返り苦笑い。
 橋本さんが勝因のひとつに挙げたのはブリンカー。その効果は目黒記念に駒を進めるまでの97年春、テレビ埼玉杯、メイSを2勝と抜群だった。
 「メイSを勝ったときに、まだ伸びしろがあると感じたんです。だから、スムーズに走らせればチャンスはあると、内心は期待していました」
 飛ぶ鳥を落とす勢い+ブリンカー…そして、もうひとつの勝因は「裸同然のハンデ53kg」だった。この3つが相乗効果となり、一気呵成に重賞をゲット。見事、大輪の花を咲かせたのだった。
 藤沢和厩舎の同期には、同じSS産駒のバブルガムフェロー(95年天皇賞・秋)がいた。橋本さんは、「アグネスカミカゼとコンビを組めたのは、藤沢(和調教師)先生の親心と、バブルガムフェローがいたお陰だと思っている」と感慨深げ。
 バブルの主戦騎手だった岡部幸雄氏(現競馬評論家)は、SS産駒2頭を比較して「アグネスカミカゼに騙されるなよ」と言ったという。案に相違してカミカゼは重賞ウイナーの仲間入りを果たしたが、その後、脚部不安に見舞われ、目黒記念が現役最後のレースになった。
 通算成績は13戦5勝(うち重賞、目黒記念)。引退後は種牡馬として第二の人生をスタートさせた。先ごろ、産駒のアグネターフ(牝3歳)が大井の「東京プリンセス賞」(SI ダ1800m 5月10日)を優勝。ファンの間で、アグネスカミカゼ談義に花が咲いた。

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