彼は派遣会社に面接に行くと、その場で採用を貰ったそうだ。彼はDVDレコーダーの担当になった。その後は約1か月間に渡る製品説明と、コールセンター業務の研修を受けるのである。比較的その1か月間は穏やかな日々が続いた。その後第4週目からは、実際に勤務する場所での研修が開始されるのである。
O君が疑問に思ったことは、応対する人数が少ないということだった。男性女性が半々で、約10名ほどで電話を受けていたのが印象的だったという。そんな彼も1か月が経過して、現場に立つこととなった。
実際に電話で応対すると、彼はある特徴を感じたという。平日は老人や主婦の電話が多く、土曜日、日曜日になると男性からの電話が圧倒的になる。内容もおのずとハードな内容になり、そのほとんどがクレーム処理に追われるのである。
コールセンターの中では、顧客とセンター担当者との会話が全て録音されており、それを他のフロアーで解析しているという。そして担当者の説明に不備があると、その部署から注意を受けるのである。
ある日、新人女性担当者が泣いてそのまま帰宅する姿が複数見られた。彼女らは部署に配属されてから僅かな期間だった。何でも、電話を取った後に、顧客の男性から凄い剣幕で怒鳴られたという。そのあまりの怒声に泣き出してしまったという。彼女らはそのまま職場に復帰することなく辞めていった。
実際コールセンターは、5人の新人が入っても、2か月後には1名しか残らない過酷な職場だという。その最大の原因が、一部の悪質なクレーマーによる、罵声や怒声にあるといわれていた。担当者たちはこの悪質なクレーマーたちと戦わねばならなかった。
O君が経験したクレーマーは受話器を取るなり「この、馬鹿野郎。30分も待たせやがって」。そう、いきなり怒鳴られたことがあった。関西訛りの中年男性の声だったという。
またある日などは、朝から晩まで怒鳴られ続けることもあったという。そんな時は「申し訳ありません」と繰り返すのみであった。いくら仕事とはいえ、精神衛生上良くない出来事の繰り返しだったという。
別の日には大学講師を名乗る男性顧客から「機械が性能的に満足できないから、商品を引き取ってほしい」と依頼を受けた。コールセンターが商品を買い戻すことはできない。「申し訳ありませんが、販売店とご相談ください」とその場を繕ったが、後日に数回O君宛に電話が掛かってきた。終いには、「あんた本当に社員なの? 販売店の話だと、コールセンターはアルバイトがしているって言っていたけど」
「ここまで言って駄目ならば、私は貴方を相手に訴訟を起こします。正式な部署名と氏名を言いなさい」
家電メーカー側が基本としてコールセンターに正社員を置かない理由が、そのときO君には分かった気がしたという。彼も勤務して約1年で職場を去った。
(藤原真)