国際オリンピック委員会(IOC)第1次選考を東京は総合トップで通過した。シカゴ(米国)、マドリード(スペイン)、リオデジャネイロ(ブラジル)と最終決戦の火花を散らしており、09年10月のIOCコペンハーゲン総会で東京五輪招致なるかが決まる。
「ここまで来れば来るほどわからないんだなあ(笑)。だいたい5合目まで登ると山頂が見えてくるものだけど、この登山だけは5合目まで来てだんだん霧が出てきてね(笑)。さっきまで見えていた山頂が見えなくなるんだ。世界情勢も変わってきて、画期的なことにアメリカではシカゴ出身の黒人大統領が誕生した。そうすると、アフリカの黒人国家がそれに共感するのかしないのか。アメリカ発の世界恐慌がそのころまでにどこまで安定しているか。それとも長引くのか」
1次総合3位のシカゴは地元イリノイ州選出のバラク・オバマ次期大統領誕生に沸く。一方で米金融恐慌に端を発した不景気の波はいまだに世界中をうねっている。
「これはなんたってアメリカの責任ですよ。自分で引き起こした津波なんだから、自分で収拾する責任があるけれども、アメリカってのは強引で勝手な国だから。日本のカネを使って手前らのキズを埋めようとするのかもしれないけど、それで済むか。アメリカのプレステージ(威信)は下がってきているし、アメリカ単独で世界を支配する時代はもう終わったと思いますよ」
日本国内に目を移すと、国民の五輪招致に対する盛り上がりにもうひとつ欠ける。12月のサポーター集会では北京五輪競泳金メダリストの北島康介選手(26=日本コカ・コーラ)が「東京招致応援党」を結党し、党首に就任した。しかし会場には空席が目立った。
「役人のやることは芸がないよ。ヘッタクソで。それよりも何よりも、僕は皇太子殿下にお出まし願いたいんだよね。(五輪招致の)日本総裁として。なにもコペンハーゲンのときだけじゃなしに、いくつか機会がありますからね。側聞によれば、宮内庁には、オリンピックは政治だから政治に皇室を利用するのはけしからんという人がいるらしい。バカな話だ。オリンピックは政治じゃないですよ。文化そのものです。そんなこと本当に言っているんだったら、メディアがこぞってぶったたいてくれよ。皇室ってのは何のためにあるんだよ。国家のためにあるんだろう? 国民のためにあるんだろう? この間、麻生太郎(首相)にも言ったんだ。『皇太子殿下にお目にかかることは滅多にない』っていうから、じゃあ、お父さんの天皇陛下から頼んでもらおうって」
麻生首相は何と答えたのか。
「いやあ、そんな、あわわ…とか何とか言ってたよ(笑)」
3月にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催され、巨人の原辰徳監督(50)率いる日本代表が連覇をかけて戦う。全国民がスポーツで盛り上がり、スポーツへの関心が高まる格好の機会になる。
「日本は野球王国。高校野球にまでメジャーリーガーのスカウトが来て、ツバつけてるんだから。優勝しないんじゃ話にならない。アメリカも出るの?」
前回大会で優勝を逃した米国代表は、ベースボール発祥の地のプライドをかけ今回は戦力アップして臨むといわれている。
「だったらなおさら頑張らなきゃな。勝ってくれたらいいよ、本当に。盛り上がって。期待しますよ。みんながカーッとなって、日本が勝つとわけもわからずジーンとなるじゃない。愛国心とかヘチマとか難しい話じゃなくて。ジーンとなるのはいいことなんだよ」
知事が1期目から提唱している「お台場カジノ構想」が思うように進んでいない。しかし08年9月には自民党総裁選のさなかにもかかわらず、都内のカジノイベントに自民、民主両党で合法化を検討している国会議員が駆け付け、政局後の超党派による推進を誓った。
「法律を構えて日本中でやったらいい。オランダの空港なんか、言っちゃあ悪いけどまあ2流の国だからトランジット(乗り換え)も多い。飛行場に小さなカジノがあって、トランジット待ちの客で満員ですよ。お台場あたりにはラスベガス式の劇場でショーをやるようなカジノがあっていいし、いろんなかたちでやればいい。国内に潜在的なカジノ人口が50〜60万人いるらしいよ。いろいろサジェスチョンしてくれる人もいるんで、ちょっと構想を練り直したいと思っている。ただ、僕は決してバクチ好きじゃないんだ。儲かるものはやったらいいと思うだけで」
知事自身はギャンブルはやらないのか。
「ゴルフで賭けたり、テニスで…テニスでは賭けねえな。ヨットで賭けたりするよ。勝つか負けるかでウイスキーを賭けるとかそんなとこだけど。パチンコ、競馬は全く興味ないね。学生のころにはパチンコで磁石を使ってこうやって入れたりしたけど(笑)。あのころのパチンコはおもしろかった」
都内に多くの繁華街を抱えている。歌舞伎町浄化作戦は一定の成果をみせた。08年6月に無差別殺傷事件のあった秋葉原は、ITタウン化と“萌え化”が進む。繁華街のビジョンをどう描くか。
「歌舞伎町は、もう少しマシになったらいい。なんか薄汚くて、東南アジアの魔窟みたいでネオンの色も違うから。秋葉原は、世界にああいう街はないから大事にしなくちゃいけない。とってもいいのは、場末までいくと人間がすれ違えない細い路地があって、昔のヤミ屋だったようなところがある。昔懐かしい真空管とかを売ってますよ。あれはあのかたちで残したらいいんじゃないか。全部、銀座みたいな整然とした商店が並ぶよりも」
秋葉原では漫画好きの麻生首相が人気。東京都はかねて世界的評価の高い日本のアニメーション産業活性化に前向きだ。知事も漫画を読むのか。
「アニメと漫画は違う。ばかばかしくて読まない。子供のころには『のらくろ』とかは読みましたよ。教養が進むうちに読まなくなったよ。このごろ活字離れで、僕みたいな物書きは本が売れなくて困るんだよ。テレビだってちっともおもしろいと思わないけどな」
秋葉原ではメイド文化が確立。一度メイドカフェを視察してはどうか。
「メイドの格好をしているの? 社会風俗には全然興味がないんだ。くるくる変わるし、勝手にやったらいいんだ、好きなヤツは(笑)」
<聞き手・渡辺高嗣>
<カメラ・山内 猛>
<プロフィール>
いしはら・しんたろう 1932年、兵庫県神戸市生まれ。一橋大学在学中に「太陽の季節」で芥川賞を受賞。68年、参院全国区でトップ当選。衆院議員に転じ、環境庁長官、運輸大臣を歴任する。99年、都知事就任。現在3期目。著書に「『NO』と言える日本」「弟」など。東京オリンピック・パラリンピック招致委員会会長。
○取材後記
取材場所は東京都庁の知事特別応接室。インタビュー前、知事は「写真はパッパッと撮ってね。話のほうが大事だから」とリクエストした。写真嫌いは有名だ。5分後には撮影を打ち切り、ネクタイを緩めると、東京五輪への意気込みやプランを熱く語り続けた。
時折攻撃的な“慎太郎節”を交える。しかし面倒くさそうに答える場面はない。五輪実現にありったけの情熱を注いでいることを差し引いても、その短気な性格を知りつくす都庁担当記者としては、丁寧で熱心な口ぶりに驚いた。
任期残り2年余。新銀行東京や周産期母子医療など、都民には心配も多い。国内経済情勢も不安定だ。最後にカメラマンがガッツポーズを要求。“やれることは何でもやる”とばかり拳を固めたのが印象的だった。