中央線を例にしてお話しするなら、西荻窪がその代表格ということになるが、大きな駅と駅(この場合は荻窪駅と吉祥寺駅)にはさまれた小駅周辺に、いぶし銀の居酒屋ありという説がある。三鷹に住む友人のKがとなえている。ふん、ふんと、続きを聞いてみると、こうだ。私鉄や地下鉄と結ばれている有名駅周辺には、古くからの人が一戸建てにすでに住まっており、庭もあるから転居する気などさらさらない。駅前は大型開発が、これもとっくに完成済みで、いまさら個人店など分け入る隙もない。したがって、新参の入植者およびささやかな個人飲食経営者は、大場所と大場所の中間地にその所を求めざるをえなかった。
さて、盛り場X町と盛り場Z町に挟まれたY地区の住人たちは、左右のふたつの町を用途によって使い分けることができることに後日気づき、いよいよYへの愛着を覚える。X町在住者はなぜかZへ行かず、Z町在住者はなぜかXに行かないものだ。しかしXとZのそれぞれの住人は、隣町であるYには、お兄さん目線で足を伸ばし散財もする。かくして、Yの可処分所得者人口Y”は<Y”=X’+y’+Z’>ということとなり、良質な居酒屋や小粋な雑貨屋が栄え、長つづきするのである。以上が、Kが自説の裏づけとする、中央線沿線名店方程式だ。
阿佐ヶ谷駅は、高円寺駅とともに中野駅と荻窪駅にはさまれている各駅停車駅。阿佐ヶ谷の居酒屋「川名」を目指している。駅からいささか距離があり、墓地のわきも通る。陰気な古本屋を2軒ほどひやかして、この先にほんとに居酒屋なんてあるのかなと、疑念がぽつりときざしたころ、もうもうたる煙を遠慮会釈なく空に噴き上げた「川名」があらわれる。この煙は、弁解の余地なくCO2なのだから、国連から指名手配されて、市中引き回しのうえ打ち首になろうところのものである。
酔っ払ってここに入れば、なにせ全員が酔っ払いなのだから、あなたもわたしも集団のなかに姿をかき消すことができる。闇夜の烏、雪原の白兎、居酒屋の酔客。真っ赤にできあがった常連客が、海釣りの釣果であるいさきを提供し、店で次から次へと焼かれ、食べたい客には無料で配布されていた。驚くべき面積のニラタマをつまみながら、事態をのみこめない新参者は尋ねてみた。
「こんなことって毎日あるの?」
「あるわけないでしょ、うちは焼き鳥屋で、焼き魚屋じゃない!」
はたして、中央線沿線名店方程式に当てはまるのか、当てはまらないのか、なんとも風変わりな出会いをしてしまった、阿佐ヶ谷の夜。予算2000円。
東京都杉並区阿佐谷北3-11-2