日系ブラジル人の「マフィア化」を心配するのは厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部元捜査第一課長の小林潔氏。
「ブラジル人の一部はかねてから六本木で薬物密売に手を染めていた事実もあります。しかも、ブラジル女性がダンサーとして来日する際、コカインを少量ですが、持ち込んだ例もありました。今の不況はそう簡単に改善しそうにない。派遣労働者は弱い立場です。しかも、日系人となるとさらに弱い。ならば、手っ取り早く薬物の売買をやるかという人が出ても不思議ではありません」
小林氏の見方は数字でも裏づけられる。外国人の薬物犯罪というと、すぐにイラン人を思い浮かべがちだが、実はブラジル人はそれを上回る。厚生労働省によると、2004、05年に薬物犯罪で摘発されたのは、イラン人123人、119人に対してブラジル人は116人、139人に上るのだ。
背景には、南米のほとんどの国で大麻が栽培されている実情がある。
「なかでもブラジルは南米における大麻押収量の半分を占めるほどの麻薬天国。ヘロイン、コカインの生産国であるばかりでなく、中継地としても知られています」(小林氏)
というのも、犯罪組織が貧しい市民を取り込んで麻薬密売を行っているからだ。「国から見離された貧民層に生活支援を行っているんです。それだけでなく、子供たちに麻薬密売を手伝わせている。彼らは17〜18歳ともなると、いっぱしの密売人に成長しているんです」(小林氏)
こうしたお国柄は日系ブラジル人といえども、無縁ではない。
「日本に来て社会に根付いたつもりでいたが、不況のあおりで解雇され、生きていくことも難しくなった。そのようなとき、麻薬の密売組織が彼らに注目しないわけがない。日系人は三世までは日本国籍が取れる。不法残留している外国人と違って動きやすい。そうした事情もマフィア化を促進するのではないでしょうか」(小林氏)
国内ではナイジェリア人の男性が薬物密売に関与している事実がある。彼らは日本人女性と結婚し、日本社会に根を張って密売に手を染める。追い詰められた日系ブラジル人がそうならないとも限らないのだ。
「数年前には麻薬取締部が東京税関と連携してコントロールデリバリー(泳がせ捜査)で密売に関与したブラジル人を摘発したこともあります」(小林氏)
つい最近では福岡で職場の上司に復讐をしようと銃器を密造した日系ブラジル人が逮捕された。
もちろん、善良な日系ブラジル人がほとんど。さらにこうした悲劇が起こらないよう国が手を差し伸べなければならないのだが、聞こえてくるのは「日系ブラジル人大量解雇」のニュースばかり。昨年末には、日系ブラジル人が多く住む静岡県浜松市でブラジル人学校が閉鎖された。
日本に来て20年。帰国してもポルトガル語が話せない子供も大勢いる。
「私の心配が杞憂(きゆう)に終わればいいが、状況は余りよくない」と小林氏は顔を曇らせる。日本人の多くは日系人の心配をしている余裕はないのだろうか。(岡田晃房)
○日系ブラジル人
ブラジルに渡った日本人の子孫はいまもブラジル国内に約150万人いる。1970年代以降、激しいインフレで祖国に戻る人が相次ぎ、90年出入国管理法の改正で3世までの無制限の入国を許可すると、さらにその流れを加速した。現在、国内に30万人。群馬県太田市、栃木県小山市、愛知県豊田市、豊橋市、静岡県浜松市など期間工を必要とする地域に多く住む。