しばらくして会社の入り口に黒の大型高級車が止まった。そして車内から一人の男が降りてきた。黒のスーツを着込み、年齢は60代半ば。細身長身、高い鼻と一重の冷たい目をした男だった。
社員は会社の入口の両脇に勢ぞろいして並び「先生、おはようございます」と大声で連呼していた。Sも他の社員と同じように並んでいたが、「先生」は応接室に入るなり「あのだらしない挨拶は何だ」と激怒した。この会社は社長の妻が重役となっている会社で、この××という経営コンサルタントを「先生」と皆で崇めていたのであった。社長はおろおろして××に低身で平謝りをしていた。そして、ぶ厚い札束の入った封筒を××に渡した。××はそれを掴むや、そそくさと胸のポケットにしまい込んだ。
気分を良くした××は「今日もやるか」と言いながら、会社の1階に全社員を集合させて、フロア奥の台の上に上がる。マイクを掴んで「この会社は誰のおかげで経営が成り立っているんだ」と叫ぶと、全社員が「××先生のおかげです」と大声で返す。太鼓が台に置かれていて、声に合わせて社員がドン、ドンと打っているのでうるさい。再び××が「家族や妻子を養っていけるのは、一体誰のおかげだ」と叫ぶ。「××先生のおかげです」と社長を含めて全社員が返した。
Sは余りのうるささに、耳が痛くなるのを感じた。やがて太鼓の連呼が続き、社員たちが一斉に声を揃えて「××先生のおかげです、××先生のおかげです、××先生のおかげです!」とありったけの大声で叫んでいた。笑顔の××は、手で社員の声を制止させた。
××はこの会社では絶大な権力を持っていた。××は社員を参加させるセミナーを主催した。何でも自分が嫌いなタイプの人間がいると「お前は帰れ」と、セミナーに参加している社員をそのまま自宅に帰らせた。××は「私はここで社長から全権を託されている。私の言葉は社長の言葉だと思え」と言っていたという。
その社員はそのまま会社を解雇された。この会社は実質××に支配されていた。社長も××には頭が上がらずに、「××先生」と頼りきりだった。
その後2か月通ったある日、Sは部長に呼び出された。そして、唐突に今月でSを解雇することを告げられた。Sには解雇になる理由が判らなかったが、××から日頃よく思われていなかったのが、××の態度から感じられたという。
日本では現在も、このように中小企業を蝕む悪質な経営コンサルタントが存在しているのである。
(藤原真)