鳩山首相が1979年に発表した論文「野球のOR」をさっそく入手したものの、内容はチンプンカンプン。一般人が理解するのは難しい。そこでORの専門家である駒沢大学経営学部の小沢利久教授に解説をお願いした。それにしてもORとは聞きなれない言葉だ。
「次の行動を決めるための有益な情報を引き出すために、対象を数学的にモデル化し、分析する学問です。もともとは英国での軍事研究からはじまり、経営やマーケティングなどの分野で応用されています」(小沢教授)
いまでこそORをスポーツに応用するのは珍しくないというが、小沢教授は「当時では珍しいと思いますね。日本のスポーツORの先駆け的存在といってもいいと思います」と言い切る。さすが首相、先見の明があったわけだ。さて、ORについて理解したところで、実際に「鳩山野球理論」の解説に移ろう。
ご存じのように野球では、仮にひとつの戦術を考えるにしてもさまざまなケースが想定される。点差やアウトカウントをはじめ、打率だけでは導き出せない各打席ごとのバッターの期待値などをすべて加味して考えると「ケース・バイ・ケース」となってしまう。
そこで鳩山理論では、まず基本前提として1イニングのみで考える。打者の打率は当時のセリーグ現役打者の平均。打席では暴投や振り逃げなどあらゆる可能性があるため、結果はアウト、四死球、単打、二塁打、三塁打、本塁打のいずれかに分類する。その上ですべてのアウトカウント(無死、1死、2死)におけるすべての走者状況(ランナー一塁〜満塁まで)について考察している。
「要するに、イニングが終わるまでに点数が入る確率を計算するわけです」と小沢教授。
具体例を挙げよう。たとえば、2死走者二塁の場合、得点する確率は46%。これから導き出されるのは、「いかなる状況下で盗塁、バントをすべきかがわかります」(小沢教授)という。
たとえば1死走者三塁の時、走者の盗塁成功率が54%以上なら盗塁すべき。1死走者一塁の場合、打者のバント成功率が94%以上でなければ強行策をとる。
これら数値化されたデータから、監督は、盗塁すべきか、バントすべきか、強行策に出るべきかを判断できる。最終的に論文では「ほとんどのケースで無死よりも1死、2死の時に盗塁すべき」「走者二塁および一、二塁ではバントを用いるべきではない」などの結論を導き出している。
実際のケースにあてはめて検証してみよう。
昨年の5月31日、巨人対楽天の交流戦。試合終了後に楽天・野村克也監督が「ばっかじゃなかろかルンバ〜」と巨人・原辰徳監督の采配をコケにしたのを記憶している人も多いはず。原因となったシーンは9回2死。一塁走者の巨人・矢野謙次外野手が盗塁を試みるも失敗。ゲームセットとなり楽天が勝った試合だ。
鳩山理論では「無死よりも1死、2死の時に盗塁すべき」となるため、原采配は一見正解だったようにみえる。
しかし、「走者には最低61%以上の盗塁成功率がなければならない」との前提条件を満たしていなかった。矢野はこのシーズン中、この時点まで一度も盗塁に成功しておらず、その前のシーズンでも盗塁1回の選手。サインプレーだったかどうかは別にしても、鳩山理論では、ID野球を標榜する野村監督の主張が正しいことになる。
解説の最後に小沢教授は、「鳩山野球理論はORの代表的な手法をうまくつかっています。野球をよく知っていないと書くことはできないと思います」と関心した。
翌週に臨時国会を控え、鳩山首相にプロ野球観戦する余裕があるかどうかは分からない。しかし野球ファンにとって気になる理論ではある。
鳩山首相は「米国留学中はアメリカンフットボール一色だった」と振り返るほどのアメフトファンでもある。ポジションはチームの司令塔クォーターバック(QB)だった。野球理論を完成させるだけでなく、戦術がモノを言うアメフトが好きとなれば筋金入り。さらに、講演会ではORを駆使した「お見合いでもっともタイプの子と結婚できる理論」を披露したこともある。
噛み砕いて説明すると、たとえば1000人の女性と順番にお見合いできるとして、1人目の女性が「結構かわいいな」と思ったとき、ここで決めちゃうか、次以降に期待してパスするか。鳩山理論では、1000人中最もかわいい女性と結婚できる確率は最高でも3割6分8厘止まり。最初の368人はパスして、369人目以降から「368人中トップだった女性」とハイ&ローで決めるのが戦術として正しいとしている。
単純に考えた場合、1死二、三塁よりも1死満塁のほうがチャンスに決まっている。しかし守備側に立つと、1死満塁の場合は内野ゴロならばホースプレーでホームゲッツー(ダブルプレー)できるため、むしろ満塁のほうが守りやすいとしてわざと打者を歩かせて塁を埋めることもある。
いったいどっちが得点チャンスが高いのか? 鳩山野球理論では、1死二、三塁で、そのイニングに1点以上得点する確率は47.5%、満塁の場合は56%。守備側が守りやすいのはそうかもしれないが、あくまで満塁の方がチャンスとの結論を出している。