まさに九死に一生の瞬間だった。7日、栗東CWコースで1週前追い切りに臨んだアグネスアークが信じられないアクシデントに見舞われた。
ゴール前、外ラチ沿いをラストスパートに入ったその時、真正面から放馬した空馬が突進。調教スタンドからは悲鳴が上がった。
「ダメかと思った。でも、あのタイミングで内へ無理によけていたら、体を痛めるかもしれない」騎乗した安藤助手はイチかバチかで外ラチにアークの体を寄せ、空馬がよけていくことにかけた。安藤助手の右足は空馬をかすめるほど、ギリギリのすれ違いだったが、正面衝突という最悪の事故は免れた。
1200mから86秒5→70秒6→55秒5→41秒9→15秒0。時計は大幅に遅くなったが、「馬体に異常がなかったのは何より」と胸をなでおろした。
実はこのハプニングで図らずもアークの身体能力の高さを証明することになった。急ブレーキを踏んだため、一瞬、背中を反るような無理な姿勢になったが、天性の体の柔軟さが故障を防いだ。
デビュー戦を快勝した後、1年近い骨折休養を挟みながら4連勝。本格化したこの夏からは札幌記念、毎日王冠、天皇賞・秋と連続2着した。マイルCSでGI制覇の千載一遇のチャンスを迎えたが、馬体は小さく、決して目立つ方ではない。
それでも、これだけの成績を残せるのは身体能力の高さに加え、心肺機能にもある。獣医が見本にしたいというほどの心臓の強さ。その心音が天皇賞の後、さらに力強く鳴り響いているという。
天皇賞では430kgと寂しく映った馬体も、角馬場中心にじっくり乗られ、腹回りはむしろガッチリしてきた。
「順調にきている。今度は中2週でも輸送が短い。京都もマイルも心配ない」と河内師はうなずいた。師にとっても、開業3年目でGI初制覇の絶好機。しかもマイルCSは騎手時代、第1、2回をニホンピロウイナーで、第5回をサッカーボーイで制した思い出深いレースだ。
「前走は初めて58kgを背負い、4コーナーで馬が斜めになるぐらい態勢を崩しながら伸びた。惜しい競馬だったけど、この馬の根性を見直した」
アークの父は師が皐月賞馬へと導いたアグネスタキオン。数々の記憶と記録が、「今」に結びつこうとしている。