今でこそ晴れやかなスポットライトを浴びている7人。しかしその裏では、苦労した過去があった。なかでも、横山裕はまさに泥水をすすったような幼少期だった。
産まれたときは裕福だったが、幼いころに両親が離婚。再婚した義父との間に、6歳と8歳年下の弟が産まれた。しかし、暴力的だった義父と距離を置いて生活することになり、家族4人は四畳二間の生活を強いられた時期があった。それまでの一軒家から、オンボロアパートに急転。トイレは汲み取り式。用を足し終えると、紐を引っ張って流さなければいけなかった。
三男は、その紐を引っぱる力加減がわからず、何度もちぎった、その都度、お兄ちゃんの裕はビニールテープをグルグル巻きにして、補強した。
弟は物心がつきだすと、こんなことを漏らした。「友だちの家、こんなんと違う。水がシャーって出る」、「なんで、こんなツラい思いせなあかんの?」。
アパートには、辛うじて風呂場があったが狭小。コケが生えており、シャワーの水圧は弱い。温かい湯が出るまで、かなり時間がかかった。先の弟は、「お風呂入ると寒くて風邪ひいてまう」とブルブル震えた。
ふたりの弟にはしっかりした人生を歩んでほしいと思った裕は、中学時代からアルバイトをはじめて、家計を支えた。卒業後も高校進学をあきらめ、建築関係の仕事に就きながら、関西ジャニーズJr.の一員になった。
やがて、弟を立派に大学まで通わせ、関ジャニ∞としてメキメキと頭角を現しはじめたおよそ5年前、まだ50歳だった母が急逝。社会人になっていた次男は今年、交際している彼女との結婚を考えるようになった。
おそらく、横山ほどドラマティックな関ジャニ∞はいない。今、彼が息の長いマルチタレントになりつつあるのは、納得の結果なのだ。