−−芸人さんになって味わった挫折はありますか?
尾関「今、35歳なんですけど、ここまでくると辞めるとかじゃなく、今の状況を使ってどうしようって考えるんですけど、30ぐらいのときは、まだ違う仕事ができるかも…って思ってました。実際、『キングオブコント』で決勝に行った年、辞めようと思ってたんですよ。一般の会社で働こうかなって」
高佐「当時のVTRを見たらわかるんですけど、決勝に行けるって名前を呼ばれたとき、僕はよっしゃ! ってなってるのに、こいつは呆然としてる(笑)。僕は、何も活動したくないな、休みたいなって漠然と思うことはあっても、辞めようまではいかないですね。急に怖くなっちゃうことはありますけど。一寸先は闇の商売なんで」
−−誰もまねすることができないコントは、どのようにして生まれるんですか?
尾関「自分たちがおもしろいと思って作っても、それが今流行りの1分尺、テレビサイズに当てはまるとは限らないし、『キングオブコント』用のネタもまた、違ってくる。そのへんで、どっちに照準を合わせればいいのか、わかんなくなるときはありますね」
高佐「ネタって枯渇するのに、作らなきゃいけないから作るとか、そういうときはつらいですよね。僕ら、座付きの作家もいるので、3人で作るんですけど、(アイデアが)出ないときはほんとキツい。眠れないし」
−−最後に2013年の目標、豊富を聞かせてください。
高佐「尾関は結婚して、子どもがいるんですけど、人間的な部分がダメ! それをみんなに見てもらいたいですね」
尾関「深みね!」
高佐「それはいい印象を与えすぎ(笑)。考え方が卑怯なんだよ」
尾関「3歳の娘が『自転車に乗りたい』っていいだしたとき、買ってあげられなかったんで、アパートに置いてある自転車に夜な夜な乗せてたんですね。そしたら、不審だって回覧板を回された(笑)。っていう話を、バッファロー吾郎Aさんにしたら、作家のせきしろさんとお金を出しあって、自転車を買ってもらったんです」
高佐「この回覧板のところまでを、事務所の大先輩の大竹まことさんのラジオで話したんですよ。そしたら、本番が終わってから3万円をくださって、こいつ、そのまま財布に入れたんです」
尾関「0・何秒考えるっていう“尾関コンピュータ”は働いたんだけど、エンターキーを押しちゃった(笑)。後日、大竹さんにはメールで伝えたけどね。まぁ、そういう個人的な部分も、たとえば僕は広島カープが好きで、相方は行き止まりが好きっていう、お互いのお笑い以外の分野も出しながら、賞レースで受賞するっていう目標も立てていますね。あと、僕は、いのししを罠にかける免許も持ってるんで、2013年は“罠芸人”としてもやっていこうかなと」
高佐「僕は散歩が好きで、行き止まりが好きで、ひとりで歩いては写真を撮ってるんですよ。楽しいですよ、賛同してくれる人はいませんけど(笑)。いずれは『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系列)に出るのが、理想ですね」
【プロフィール】高佐一慈(左) ‘80年9月生まれ、北海道出身。尾関高文 ‘77年8月生まれ、広島県出身。ASH&Dコーポレーション所属。2004年結成。
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ASH&Dコーポレーションの公式サイト http://ash-d.info/index.html
(この連載の次回更新は1月の最終週)