ミステリー 2021年05月01日 23時00分
長女が父親の虐待と悪魔崇拝の儀式を告発、しかし真相は……「イングラム家の事件」
1980年代後半、アメリカのワシントン州オリンピアで、一人の警察官が実子に対する虐待の罪で起訴され、有罪判決が下された。 彼の名はポール・イングラム。妻のサンディと5人の子どもに恵まれたごく普通の家庭の父親であった。しかし、長女のエリカは22歳になったとき、幼い頃から父親にレイプされていたと告白。実兄や父の友人らからも性的虐待を受けていたと語り、妹のジュリーも同様の目に遭っていたと告白したのだ。 娘たちの告白を受け、父親のポールは連行されて尋問を受けた。しかし、彼は娘たちの主張した虐待をまったく覚えていなかった。彼は「自分がこんなことをしているとは思えない」と言っていたが、娘たちがそう主張するならば自分でも知らない暗黒面が自分の中にあるのでは、と考えるようになったのだ。 その後、彼は自分の虐待行為を認め、長女のエリカを5歳のときから虐待し、ジュリーには15歳の時に中絶させたことを「思い出して」いった。取り調べ中、妻のサンディは末っ子のマークを連れてオリンピアの町とは別のところに引っ越していたが、その後彼女も夫らから性的暴行を「思い出して」いった。彼の犯行はまるで悪魔に魅せられたような所業であり、儀式のために娘を傷つけたなどと、恐ろしい記憶すら思い出していった。2人の娘も衝撃的な証言を繰り返し、時には30件以上の儀式的殺人と死体を埋める様子を目撃したと証言、その場所を詳細な地図に描いたりもしていた。 だが、捜査の途中で地元の保安官たちは違和感に気づいた。これほど恐ろしく、長期にわたった虐待や殺人すら起きている事件であるのに、事件に関わった本人をはじめとする多くの人たちが、姉妹が告白するまで事件を「忘れていた」のである。当局はイングラム姉妹の証言に従って、殺人事件現場とされた場所や死体が埋められていると言われた場所を捜査したが、証拠は何も出てこなかった。また、姉妹は病院で検査を受けたが、虐待による傷跡や妊娠した形跡も確認できなかった。そう、全ては偽りの記憶であり、姉妹の想像に引きずられて生み出された話にすぎなかったのである。 >>2021年の大統領就任式も予言していた!?長寿アニメ「シンプソンズの予言」<< 1980年代、回復記憶療法という心理療法が欧米を中心に人気を集めた。心に負った深い傷を思い出すことで抑圧を解放し、回復に向かわせるというもので、セラピストや牧師によって様々な記憶を思い出す人々が続出していた。 最近の研究では、偽の記憶を植え付けることがいかに簡単であるかが証明されており、人にその出来事を暗示するだけで新たな記憶を作り出せることが判明している。 イングラム家は地元のペンテコステ派教会の会員で敬けんなキリスト教徒だったが、長女が教会の集会の中で「虐待された」という偽りの記憶を思い出したことがきっかけになり、実際にはなかったはずの悪魔的な儀式や虐待の記憶の数々が生み出されていったという結論が出たのである。ポールの場合は取り調べをしていた職員が元同僚であったり、家族からの証言を聞いていたことも手伝って自身が虐待していたという偽の記憶を信じやすい環境下にあったことが判明した。 後にポールは別の施設に移され、地元の人々と隔離されてようやく自分の記憶が偽物だったこと、結果的に偽証していたことを認めた。その後、2003年に釈放となったが、彼は無実にもかかわらず20年の懲役を科されることとなったのである。 イングラム家と同様の事例は1980年代から90年代にかけ、欧米で多く報告されたという。多くは証拠不十分のために逮捕までは至らなかったが、中にはイングラム家と同様の悲劇が起きた事例もあったという。現在では一連の現象は、精神医学的傾向と政治的混乱、キリスト教右派の影響によって引き起こされたモラル・パニックであると考えられている。参考記事Dad who confessed to 'demonic abuse' of daughters claims he was duped into 'false memories'(Daily Star)よりhttps://www.dailystar.co.uk/news/weird-news/dad-who-confessed-demonic-abuse-23785132?fbclid=IwAR2CsCxZE5ttwSa0wZUywhplZVhMA788nEJJH6p350DqvtIxUS1JAWutTkw